梁龍 LIANG LONG

北京語:リャンロン

 北京で活動するボーカリスト。1977年10月18日、黒龍江省斉斉哈爾市で生まれる。高校生の頃からロックを聴くようになり、それと共にジャズドラムとギターを勉強し始めた。1996年から音楽の創作活動を始める。また同年から、何人かのミュージシャンとともに練習を始める。

 1997年5月、哈爾濱(ハルピン)のホテルで警備員を務める。同年夏、黒鏡頭楽隊を結成し、ボーカルと作詞作曲を務めた。1998年10月、仕事を辞めて上京した。しかし、仕事をしていなかったため、お金が尽きたほか、心の準備をしていなかったため、北京へ来た目的がはっきりせず、まず哈爾濱に戻り、2日後には斉斉哈爾へ戻った。

 1999年3月、再度上京した。その際には、バーでThe Beatlesなどの弾き語りをしながら暮らしていた。最初は一晩50元、やがて別なバーで一晩80元で弾き語りをし、お金には困らなかったが、自分の考えるものとは違っていたため、創作活動ができず、6月にまた哈爾濱に戻り、二手[王攵]瑰楽隊を結成した。そして、農村へ行き、音楽の創作活動を続けた。19日間で10曲を創作するなど、農村での生活は梁龍の創作活動を多いに奮い立たせたようだ。初めて創作した曲は「采花」であった。二手[王攵]瑰楽隊以前にも何曲か創作したが、それは欧米の音楽を借りたものであるため、二手[王攵]瑰楽隊以後は全てを捨て、また最初から創作を始めた。

 いつの頃か分からないが、低血壓楽隊にもドラマーとして加入していた。

2003年2月2日、上海ARKでの
二手[王攵]瑰楽隊のライブより
(撮影:YIREN)

   2000年初、再び上京し、二手[王攵]瑰楽隊を再結成して、ボーカルを務めた。

 化粧をして、チャイナドレスなど女性ものの服を着てライブを行っており、バンドの雰囲気を妖しくしているのは、彼の力によるところが大きいが、やがてバンドのスタイルも変化するにつれて、頭は五分刈りで、まったく化粧もしなくなった。

 2003年12月12日、豪運酒[ロ巴]で行われた液yang罐頭楽隊のバンド結成3周年記念ライブに、王[金玉]棋と共にゲスト出演した。

 2006年11月18日、13CLUBでライブを行った。

 2007年7月12日、星光現場音楽庁で行われた大喬小喬1stアルバム発表会に参加した。10月7日、雲南省麗江の火塘酒[ロ巴]で行われたライブにゲスト出演した。

 2009年1月16日、13CLUBでライブを行った。

 2010年4月1日、MAOで行われた陳勁3rdアルバム発表会に、呉澤[王昆]・王瀾單小帆余偉民と共に参加した。

 

 

●参加アルバム(→二手[王攵]瑰楽隊

歌手(楽隊)名 曲名 アルバム名 発行年 参加形態 備考
大喬小喬 采花 消失的光年 2007/7 詞曲、コーラス  
天堂楽隊 過年[口婁] 皇城根 2010/1 ボーカル(複数で)  

 

●出演

出演媒体 曲名 映像名 発行年 参加形態 備考
CD   中国語ジャーナル 2005年3月号 2005/2 インタビュー  

 

●関連サイト(→二手[王攵]瑰楽隊

 

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