羅琦

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羅琦
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2004年9月24日、上海市羅馬假日でのコンサートより。(撮影:YIREN
基本情報
中国語名(簡体字) 罗琦
中国語名(繁体字) 羅琦
拼音 Luo Qi
発音転記 ルオ チィ
英語名・外国語名 Rose(ドイツへ行く前まで)
出身地 江西省南昌市
担当楽器 ボーカル
ジャンル ハードロックポップロック
職業 歌手
メンバー 羅琦



1995年頃の写真。
『快楽機器』の歌詞カードより。
2004年9月24日、上海市羅馬假日でのコンサートより。(撮影:YIREN

羅琦(ルオ チィ、Luo Qi)は、北京市で活動している女性ロックボーカリスト。元・指南針楽隊ボーカリストで、女性ロッカートップクラスの声量を持っている。

メンバー


  • 王氷 ドラム(2011年) -- 2011年の青島コンサートのみ参加したようだ。

過去に在籍したメンバー

サポートメンバー

経歴

中国一硬派な女性ロッカー。天性の声の持ち主。ROSEというイングリッシュネームもあるが、基本的に使わない。  江西省南昌出身。13歳の頃、江西省歌舞団に入り、歌手として全国を回っていた。16歳の時に上京する。1991年末、あるカラオケスナックで開かれていたロックPARTY上で、李宗盛(ジョナサン・リー)の「我是一只小小鳥」等を歌っているときに、王曉京に見出され、四川出身のバンド、指南針楽隊のボーカルとなる。この時は17歳だった。

 ライブ等を繰り返して、実力、人気ともに上昇中であった、1993年5月12日の夜、北京で友達の誕生会のためにレストランへ赴いた。そこで、ある酔っ払いと喧嘩し、その時にビール瓶の破片が左眼に入り、失明してしまい、意気消沈してしまうが、7月18・19日には、北京首都体育館で眼鏡蛇楽隊・呼吸楽隊・竇唯・張楚・王迪らとともに“奥運-中国之夢”大型ロックコンサートに出演、大復活を遂げた。



2004年9月24日、上海の羅馬假日でのコンサートより (撮影:YIREN)



 1994年には雑誌『当代歌壇』上で、中国最優秀歌手に評されるが、同年春には、指南針楽隊から脱退した。

 1995年にはソロアルバム『快楽機器』を発表した。

 歌手としての評価も上がっていき、一見順調であると思われたが、この頃ドラッグに染まっており、ニューアルバムをレコーディング中1曲も歌い終わらないうちに禁断症状が出るというほど、重度の中毒症状に陥る。1997年7月15日、南京のバーに居た時、警察に通報されて麻薬中毒が発覚してしまう。その後、解毒施設に放り込まれるも、8月末にはその施設を出て、北京に戻る。

 1998年1月3日、山東省東営で行われた“98東営選択堅強演唱会”に出演した。同年、新曲2曲と、過去の代表作8曲を新たにレコーディングし、アルバム『新天』を発売した。


 その後ドイツ人と結婚したため、ドイツのベルリンへ移住し、中国ロック界からは引退した。しかし、彼女の復帰を望む声は大きい。それは、彼女の声が今でも、多くの人の心を掴んでいる証拠である。これほど、ロックとよく合う声の持ち主は、未だに中国ロック界に登場していない。  2000年12月、新曲を1曲だけ加えたベストアルバム『譲我自己来』が発売となった。

 その後、ベルリンで音楽活動を行っている。音楽スタイルはハードロックだけでなく、ダンスミュージックを製作したりと、幅が広い。また、DEMOを製作した。

 2003年には、ベルリンのQuasimodoで定期的にライブを行っている。5月、CD付雑誌『通俗歌曲VOL.245』にドイツでレコーディングした作品が収録された。

 9月17日、北京の仁倶楽部で崔健やドイツのUDO LINDENBERGと共演した。久々の中国ライブであった。10月3日、北京の迷笛音楽節に参加する予定であったが、諸事情により参加しなかった。



『快楽機器』の歌詞カードより



 2004年3月、生活の拠点を北京へ移し、中国ロック界へ復帰した。そして、北京金克木文化発展有限公司と契約した。5月26日、北京の時光随道演芸広場でファンのためにライブを行った。このライブは中国では6年振りのソロライブであった。6月12日、長沙の紅太陽演芸中心でライブを行った。6月13日、湘潭の紅太陽湘潭大劇院でライブを行った。6月14日、常徳の紅太陽常徳濱湖大劇院でライブを行った。8月6日、寧夏回族自治区銀川市の賀蘭山の麓で行われた“中国揺滾的光輝道路”大型音楽節に羅[王奇]&指南針楽隊として出演し、数多くのマスコミとファンの注目を浴びた。9月24日、上海の羅馬假日で行われたコンサートに出演した。10月23日、上歩南路根拠地酒[ロ巴]で行われた“第四届深[土川]根拠地揺滾音楽節”に参加した。11月18日、広東省普寧市の天天魚港酒店で行われた五周年晩会に出演した。12月4日、根拠地の南山根拠地酒[ロ巴]でライブを行った。12月18日、南京の光陽大舞台でライブを行った。同年末、北京金克木文化発展有限公司との契約を解約した。

 今後もバンドは結成せず、ソロで活動していく予定である。


2004年9月24日、上海の羅馬假日でのコンサートより (撮影:YIREN)


 2005年7月9日、深[土川]の世界之窓で行われた“深[土川][口卑]酒揺滾節”オープニングライブに出演した。8月20日、北京汽車電影院で行われた“緑色北京-露天音楽節”に参加した。11月18日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。  2006年6月6日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。6月10日、深[土川]の根拠地酒[ロ巴]南山店でライブを行った。10月3日、広東省増城市増城広場で行われた“首届中国(増城)揺滾&[口卑]酒狂歓節曁第五届新塘国際牛仔服装節”に参加した。10月7日、北京国際雕塑公園北園で行われた“2006北京首届揺滾[口卑]酒節”に参加した。12月24日、星光現場音楽庁で行われたクリスマスイブライブに参加した。

 2007年3月、北京新衆天下国際伝媒と契約した。5月4日、北京海淀公園で行われた迷笛音楽節に参加した。5月14・15日、貴陽の久庫酒[ロ巴]でライブを行った。7月20日、内モンゴル自治区鄂爾多斯成吉思汗旅遊区で行われた“首届鄂爾多斯草原揺滾音楽会”に参加した。11月4日、北京大学百周年紀念講堂で行われた“第四届Levi's rock校園先鋒原創音楽大賽全国総決賽”にゲスト出演した。11月10日、天津の上遊開場で行われた“天津第二届原創音楽季 群英会”に参加した。12月31日、深[土川]の本色酒[ロ巴]東園店でライブを行った。

 2008年4月11日、豪運酒[ロ巴]でicharm騷楽隊をバックに従え、ライブを行った。12月6日、山東省烟台の西南河体育館で行われた“交通銀行揺滾之夜”コンサートに参加した。同年、羅[王奇]與面目全非楽隊を結成した。

 2009年5月12日、星光現場音楽庁で行われた“至少我們在一起.群星記念5.12義演”チャリティライブに参加した。7月26日、内モンゴル自治区呼和浩特市の蒙古風情園万畝草原で行われた“第二届緑色旗幟草原音楽節”総合舞台に出演した。10月30日、寧波の梁祝文化公園で行われた“把愛唱響 - 中国揺滾情歌演唱会”に参加した。11月6日、星光現場音楽庁で行われた“環境危険の揺滾危険”ライブに参加した。

  

 

 

2012年、樹音楽と契約した。

ディスコグラフィー

スタジオ・アルバム

ライブ・アルバム

EP

シングル

映像作品

プロモーション・アルバム

プロモーション・シングル

デモテープ

コラボレーション・アルバム

スプリット・アルバム

ソロ発表曲 

曲名アルバム名発表年備考
A Day at time愛在揺滾的歳月 第3届揺滾春晩2013/2/2クレジットは羅琦与冷空気楽隊▽2012年1月7日、愛在揺滾的歳月 第3届揺滾春晩でのライブ映像▼DVD

参加アルバム 

アーティスト・バンド名曲名アルバム名発表年参加形態備考
指南針楽隊指南針楽隊のページへ

主要なライブ・コンサート

中国一硬派な女性ロッカー。天性の声の持ち主。ROSEというイングリッシュネームもあるが、基本的に使わない。  江西省南昌出身。13歳の頃、江西省歌舞団に入り、歌手として全国を回っていた。16歳の時に上京する。1991年末、あるカラオケスナックで開かれていたロックPARTY上で、李宗盛(ジョナサン・リー)の「我是一只小小鳥」等を歌っているときに、王曉京に見出され、四川出身のバンド、指南針楽隊のボーカルとなる。この時は17歳だった。

 ライブ等を繰り返して、実力、人気ともに上昇中であった、1993年5月12日の夜、北京で友達の誕生会のためにレストランへ赴いた。そこで、ある酔っ払いと喧嘩し、その時にビール瓶の破片が左眼に入り、失明してしまい、意気消沈してしまうが、7月18・19日には、北京首都体育館で眼鏡蛇楽隊・呼吸楽隊・竇唯・張楚・王迪らとともに“奥運-中国之夢”大型ロックコンサートに出演、大復活を遂げた。



2004年9月24日、上海の羅馬假日でのコンサートより (撮影:YIREN)



 1994年には雑誌『当代歌壇』上で、中国最優秀歌手に評されるが、同年春には、指南針楽隊から脱退した。

 1995年にはソロアルバム『快楽機器』を発表した。

 歌手としての評価も上がっていき、一見順調であると思われたが、この頃ドラッグに染まっており、ニューアルバムをレコーディング中1曲も歌い終わらないうちに禁断症状が出るというほど、重度の中毒症状に陥る。1997年7月15日、南京のバーに居た時、警察に通報されて麻薬中毒が発覚してしまう。その後、解毒施設に放り込まれるも、8月末にはその施設を出て、北京に戻る。

 1998年1月3日、山東省東営で行われた“98東営選択堅強演唱会”に出演した。同年、新曲2曲と、過去の代表作8曲を新たにレコーディングし、アルバム『新天』を発売した。


 その後ドイツ人と結婚したため、ドイツのベルリンへ移住し、中国ロック界からは引退した。しかし、彼女の復帰を望む声は大きい。それは、彼女の声が今でも、多くの人の心を掴んでいる証拠である。これほど、ロックとよく合う声の持ち主は、未だに中国ロック界に登場していない。  2000年12月、新曲を1曲だけ加えたベストアルバム『譲我自己来』が発売となった。

 その後、ベルリンで音楽活動を行っている。音楽スタイルはハードロックだけでなく、ダンスミュージックを製作したりと、幅が広い。また、DEMOを製作した。

 2003年には、ベルリンのQuasimodoで定期的にライブを行っている。5月、CD付雑誌『通俗歌曲VOL.245』にドイツでレコーディングした作品が収録された。

 9月17日、北京の仁倶楽部で崔健やドイツのUDO LINDENBERGと共演した。久々の中国ライブであった。10月3日、北京の迷笛音楽節に参加する予定であったが、諸事情により参加しなかった。



『快楽機器』の歌詞カードより



 2004年3月、生活の拠点を北京へ移し、中国ロック界へ復帰した。そして、北京金克木文化発展有限公司と契約した。5月26日、北京の時光随道演芸広場でファンのためにライブを行った。このライブは中国では6年振りのソロライブであった。6月12日、長沙の紅太陽演芸中心でライブを行った。6月13日、湘潭の紅太陽湘潭大劇院でライブを行った。6月14日、常徳の紅太陽常徳濱湖大劇院でライブを行った。8月6日、寧夏回族自治区銀川市の賀蘭山の麓で行われた“中国揺滾的光輝道路”大型音楽節に羅琦&指南針楽隊として出演し、数多くのマスコミとファンの注目を浴びた。9月24日、上海の羅馬假日で行われたコンサートに出演した。10月23日、上歩南路根拠地酒吧で行われた“第四届深圳根拠地揺滾音楽節”に参加した。11月18日、広東省普寧市の天天魚港酒店で行われた五周年晩会に出演した。12月4日、根拠地の南山根拠地酒吧。12月18日、南京の光陽大舞台でライブを行った。同年末、北京金克木文化発展有限公司との契約を解約した。

 今後もバンドは結成せず、ソロで活動していく予定である。


2004年9月24日、上海の羅馬假日でのコンサートより (撮影:YIREN)


 2005年7月9日、深圳市の世界之窓で行われた“深圳啤酒揺滾節”オープニングライブに出演した。8月20日、北京汽車電影院で行われた“緑色北京-露天音楽節”に参加した。11月18日、無名高地酒吧。  2006年6月6日、無名高地酒吧。6月10日、深圳市の根拠地酒吧南山店でライブを行った。10月3日、広東省増城市増城広場で行われた“首届中国(増城)揺滾&啤酒狂歓節曁第五届新塘国際牛仔服装節”に参加した。10月7日、北京国際雕塑公園北園で行われた“2006北京首届揺滾啤酒節”に参加した。12月24日、星光現場音楽庁で行われたクリスマスイブライブに参加した。

 2007年3月、北京新衆天下国際伝媒と契約した。5月4日、北京海淀公園で行われた迷笛音楽節に参加した。5月14・15日、貴陽の久庫酒吧。7月20日、内モンゴル自治区鄂爾多斯成吉思汗旅遊区で行われた“首届鄂爾多斯草原揺滾音楽会”に参加した。11月4日、北京大学百周年紀念講堂で行われた“第四届Levi's rock校園先鋒原創音楽大賽全国総決賽”にゲスト出演した。11月10日、天津の上遊開場で行われた“天津第二届原創音楽季 群英会”に参加した。12月31日、深圳市の本色酒吧東園店でライブを行った。

 2008年4月11日、豪運酒吧でicharm騷楽隊をバックに従え、ライブを行った。12月6日、山東省烟台の西南河体育館で行われた“交通銀行揺滾之夜”コンサートに参加した。同年、羅琦與面目全非楽隊を結成した。

 2009年5月12日、星光現場音楽庁で行われた“至少我們在一起.群星記念5.12義演”チャリティライブに参加した。7月26日、内モンゴル自治区呼和浩特市の蒙古風情園万畝草原で行われた“第二届緑色旗幟草原音楽節”総合舞台に出演した。10月30日、寧波の梁祝文化公園で行われた“把愛唱響 - 中国揺滾情歌演唱会”に参加した。11月6日、星光現場音楽庁で行われた“環境危険の揺滾危険”ライブに参加した。

  

 

 


外部リンク