野孩子楽隊

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野孩子楽隊
Yehaizi 13.jpg
2003年頃、北京市河酒吧での写真。(撮影:岳浩昆、写真:野孩子)
基本情報
中国語名(簡体字) 野孩子
中国語名(繁体字) 野孩子
拼音 Yehaizi
英語名・外国語名 Wild Children
出身地 浙江省杭州市
ジャンル フォーク
職業 バックバンドバー経営者
活動期間 1995年2月 - 2003年8月14日
2004年前半
2004年11月3日 - 2004年11月?
2011年 -
メンバー 張佺
馬雪松
郭龍
張瑋瑋
2002年11月2日、上海市新天地ARKでのライブ。前列の左が小索、右が張佺。(撮影:YIREN
1998年8月29日、KEEP IN TOUCHで行なわれた張浅潜のライブにバックバンドとして参加した。(撮影:YIREN

野孩子楽隊(、Yehaizi)は、北京市で活動しているバンド。フォークバンドの中で、最も知名度が高いバンドである。

メンバー

過去に在籍したメンバー

サポートメンバー

経歴

小索と張佺によって浙江省杭州市で結成された。5月になり、出生地の甘粛省蘭州市へ戻る。その後約1年の間に陝西省延安市から黄河沿いに内モンゴル自治区へ徒歩で移動し、創作活動を行なった。1996年3月、北京市へ移り住み、他のミュージシャン達と練習を行なう。

1998年は、自分達のバンド活動を行なったほか、張浅潜のバックバンドとしても活動していた。

1999年2月、インディーズ1stアルバム『咒語』で販売した。11月にはイギリスで行なわれた「北京在倫敦」中国アートフェスティバルに参加した。

2000年、音楽サイト・weiku.comと契約した。

かつて、Channel[V]で「前衛音楽戦士」と呼ばれたが、彼らの音楽は前衛音楽ではなく、西北民間音楽の民謡化したものである。

流行歌手の羽・泉の海外デビュー名が野孩子であるが、彼らとはまったく関係ない。どうやら、羽・泉の方はユニット名を野孩子としたかったようだが、すでに野孩子楽隊が北京市で活動していたため、ただ海外で活動する時だけ、野孩子としたそうだ。

2001年からは、三裏屯に河酒吧を開き、そこで毎週末ライブを行なった。

2002年初、『IN THE LOFT』が発売となった。6月、インディーズ2ndアルバム『咒語』を発売した。

2003年8月14日、河酒吧が閉店となってしまった。それと同時に、バンド活動が停止となった。

野孩子楽隊はインディーズでアルバムを発売しただけで、正式に発売した事はなかった。しかし、中国ニューフォークミュージックの探索者として、蘭州市北京市だけでなく、中国各地や海外にもファンがいた。また河酒吧は北京オルタナティブの発信地の1つとして、オルタナティブミュージシャン・バンドに活動の場所を与え続けた。

2004年2月21日、バンド活動再開後、初のライブを行なったが、その後再度活動を停止してしまう。10月30日、小索が亡くなった。享年34歳であった。

11月3日にバンドは再結成したが、オリジナルメンバーはいなかった。その後、すぐに活動が停止となった。

2011年、オリジナルメンバーの張佺によって活動を再開した。

ディスコグラフィー

スタジオ・アルバム

ライブ・アルバム

EP

シングル

映像作品

プロモーション・アルバム

プロモーション・シングル

デモテープ

コラボレーション・アルバム

スプリット・アルバム

ソロ発表曲 

曲名アルバム名発表年備考
黄河谣走江湖2012/2クレジットは張佺小索張瑋瑋だが、野孩子楽隊での音源

参加アルバム 

アーティスト・バンド名曲名アルバム名発表年参加形態備考

出演

媒体曲名収録ソフト名発表年参加形態備考

主要なライブ・コンサート

外部リンク

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