王凡

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王凡
Wangfan 13.jpg
2004年9月27日、吉吉画廊門口で行なわれた実験噪音音楽会より。(撮影:YIREN
基本情報
中国語名(簡体字) 王凡
中国語名(繁体字) 王凡
拼音 Wang Fan
発音転記 ワン ファヌ
出生日 1970年
出身地 甘粛省蘭州市
担当楽器 ボーカル
ジャンル 実験音楽
メンバー



2003年11月4日、「北京声納-国際電子音楽節」より。(写真:北京声納-国際電子音楽節-
2000年の写真。
2004年9月27日、吉吉画廊門口で行なわれた実験噪音音楽会より。奥はPNF。(撮影:YIREN

王凡(ワン ファヌ、Wang Fan、1970年 -)は、甘粛省蘭州市出身で、北京市で活動しているアーティスト。

メンバー

過去に在籍したメンバー

サポートメンバー

経歴

北京で活動するアーティスト。1970年、甘粛省蘭州で生まれる。1985年から音楽を作り始める。1986年、軍に入隊して、1990年に離隊した後、蘭州で過ごし、1993年頃から蘭州で歌を歌いはじめるようになる。主に海馬歌舞庁で専属歌手として活動していた。1994年、殘響楽隊と活動を共にした。  1996年、北京へ移住した。1997年、広州へ移住した。のち、再び北京へ移住した。

 1998年4月には蘭州で、點串楽隊、紅楽隊、水晶花園楽隊、瀋陽の攪水男孩楽隊、咸陽の子彈打完了楽隊とともにライブを行う。同年、バンドと活動を共にし、北京の忙蜂酒[ロ巴]や[ロ豪]叫倶楽部で即興ライブを行った。

 1999年、広州で1stDEMO『大法度』を制作する。どうやら、このアルバムはイギリスで発売されたようだ。またバンドを結成し、ライブを行う。この時のメンバーは、王凡(Vo)・周勝軍(G)・朱芳瓊(アコースティックG)・呉呑(B)・高飛(Dr)・祖咒(バイオリン)。6月、アルバム『身体里的冥響』を製作した。10月、カセット付き雑誌『自由音楽 第一期』に曲が収録された。



2004年9月27日、吉吉画廊門口で行われた実験噪音音楽会より (撮影:YIREN)



 2000年、摩登天空と契約する。10月28日、豪運酒[ロ巴]でライブを行ったが、この時、舌頭楽隊やNO楽隊のメンバーがバックバンドを務めた。11月26日には、上海のU-LIKE酒[ロ巴]でライブを行ったが、この時のメンバーは王凡(Vo&Key&笛子)・朱小龍(リードG)・歡慶(ノイズG&軍鼓)・呉俊徳(B)・高飛(Dr)・祖咒(Key&バイオリン)・顔峻(詞朗読)・孫孟晋(詞朗読)。12月19日には、瀋陽の凱特金酒[ロ巴]でライブを行った。

 2001年夏になり、摩登天空との契約の話は無くなってしまったのか、アルバム『身体里的冥響』をインディーズで発売した。また秋頃には、河酒[ロ巴]で毎週末、セッションを行っていた。同年12月31日には、昆明で行われた“中国芸術在行動--昆明現代音楽節”に参加した。その時のメンバーは、王凡(Vo)・郭仲偉(暗夜公爵楽隊)・道吉才旦(B)・毛豆(Dr)・左小祖咒であった。

 中国ノイズ界の第一人者として、ノイズが中国人の人々に認識されるに従い、大きな注目を浴びるようになっていった。


2003年11月4日、“北京声納-国際電子音楽節”より (写真:北京声納-国際電子音楽節-)


 2002年5月31日には、蘭州の我的天堂酒[ロ巴]でライブを行った。7月、オムニバス『BAD HEAD』に曲が収録された。同年、『身体里的冥響』が香港のNoise Asiaから発売された。また、実験映画『冬至』の音楽を担当した。12月19日、全国農業展覧館2号館で行われた迷笛音楽季に出演した。  2003年9月、アルバム『無限反復』が発売となった。10月10日から17日まで首都劇院人芸実験劇場で行われた戯劇「審問記」に出演した。11月4日、北京の蔵酷で行われた“北京国際電子音楽節”に参加した。同年、オムニバス『十三不靠(極度揺滾NO.3)』に曲が収録された。

 2004年2月14日、上海の上海多倫現代美術館で行われた“打開天空”実験電子音楽会に参加した。5月、スイスでライブを行った。7月、話劇「火臉」の韓国公演で音楽を担当した。9月21日、新豪運酒[ロ巴]で行われた“観音聚会”に参加した。


2000年の写真



 9月27日、吉吉画廊門口で行われた実験噪音音楽会にPNF(香港の李勁松)と2人で共演した。この時、Junky(Dr)がサポートを務めた。10月15・17日、哈爾濱話劇院で行われた“哈爾濱新音楽芸術節”に参加した。両日とも、呉迪と共演した。11月4日、新豪運酒[ロ巴]で行われた“為野孩子楽隊小索送行”追悼ライブに顔峻と共に参加した。11月27日、杭州の31号酒[ロ巴]で行われた“第二届第二層皮音楽節”に参加した。12月3日、“北京文化転播現場-撒把芥末”に参加した。12月30日、広州のSOLO[ロ巴]でライブを行った。

 2005年1月20日、13CLUBで行われたSUB JAMアルバム発表会+観音唱片アルバム発表会に参加した。3月19日、湖南省でベルギーのC-drikやカナダのeugeneと共にライブを行った。5月21日、南門劇場で行われた“第二届大山子国際芸術節”に参加した。同年、鐵觀音楽隊に参加した。6月、王凡・楊韜・馮昊の3人で、“突破閾限”サウンドオープニングに参加した。6月12日、無名高地酒[ロ巴]で行われた即興ライブに参加した。6月21日、両個好朋友酒[ロ巴]で顔峻や小河と共に即興ライブを行った。6月26日、愚公移山酒[ロ巴]でライブを行った。6月28日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。8月8日、厦門の最[ロ巴]で行われた“最電子”電子音楽節に参加した。9月、日本の東京で行われた“Asia Meeting音楽節”に参加する予定であったが、ビザが下りず参加できなかった。


2004年9月27日、吉吉画廊門口で行われた実験噪音音楽会より 奥はPNF (撮影:YIREN)


 10月2日、北京海淀公園迷笛音楽節小舞台で行われた迷笛音楽節MINI MIDIに出演した。12月27日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。この時、田鵬と一緒にライブを行った。  2006年1月、話劇「論黒暗是不存在的」の音楽を担当した。3月7日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。この時のライブは、9月になり『水陸観音現場』としてアルバム化された。3月25日、13CLUBでライブを行った。5月1日、北京海淀公園迷笛音楽節実験小舞台で行われた迷笛音楽節MINI MIDI IIに出演した。6月、初の正式なアルバムとなる『五行』が発売となった。7月11日、両個好朋友酒[ロ巴]で『五行』発表会を開いた。11月25日、杭州のLoft49凡人楽墅で行われた“第四届二皮声音芸術節”に参加した。

 2007年3月27日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。5月3日、北京海淀公園で行われた迷笛音楽節MINI MIDI舞台に参加した。12月15日、MAOで行われた惘聞楽隊のライブの前座を務めた。

 2008年5月1日、両個好朋友酒[ロ巴]外舞台で行われたMini Midi 2008に参加した。5月30・31日、長沙のFREEDOM HOUSEで李劍鴻とともにライブを行った。6月、オムニバス『Noise Is Free』に718との曲が収録された。9月30日、唐山の唐山後海音楽倶楽部でライブを行った。12月、オムニバス『背景 - 中国声音芸術』に曲が収録された。

 2009年7月、大忘杠楽隊に加入した。8月、ベルギーのSUB ROSAから発売となったアンソロジー『An Anthology of Chinese Experimental Music 1992-2008』に曲が収録された。

 2010年3月、オムニバス『陽春』に曲が収録された。(一部情報提供:佐藤あつしさん)


2009年、地三鮮楽隊を結成した。

ディスコグラフィー

スタジオ・アルバム

コラボレーション・アルバム

  • zbigniew karkowski・li chin sung・wang fan・fannullone 水陸観音現場(2006年9月)

ソロ発表曲 

曲名アルバム名発表年備考
这个忧伤的城市自由音楽 第一期1999/101999年の作品
水星·火星们(箱琴版)在底下2000/12アコースティック版
噪音时代内心的噪音2001
现代主义后音乐可有病了我愛揺滾楽72001
诗歌BAD HEAD2002/7
以身相许極度揺滾NO.32003
(曲名不明)美国2006/4/11997年12月25日、瀋陽市でのライブ(左小祖咒と)
(曲名不明)美国2006/4/11999年6月19日、KEEP IN TOUCHでのライブ(NO楽隊と)
(曲名不明)口袋音楽 雑誌創刊二周年記念演出2006/6▼DVD▽2006年3月25日、13CLUBでのライブより
旋转的陀罗尼埊点唱仏2006ドイツのStaubgold発行
GIVE MY BODY TOBEIJING BUBBLES A SOUNDTRACK AND A TRIP TO CHINA'S UNDER GROUND2007
全剧到此结束Noise Is Free2008/6クレジットは王凡・718
寂静处(In deep silence)[背景 - 中国声音芸術]]2008/12]
ZeroAn Anthology of Chinese Experimental Music 1992-20082009/8
无镜陽春2010/3

参加アルバム 

アーティスト・バンド名曲名アルバム名発表年参加形態備考
NO楽隊走失的主人1999/4ミキシング(祖咒と)全曲参加▽中国盤のみ
舌頭楽隊乌鸦内心的噪音2001レコーディング、ミキシング
胡嗎個我看过<捆着我,绑着我>/婚前协议内心的噪音2001ミキシング
胡嗎個一巴掌打死七個2001/8アルバムポスト協力(毛鉄柱と)
毛豆2002/3プロデューサー・ミキシング(毛豆と)全曲参加
星期三旅行楽隊Down The RoadBAD HEAD22003/4バックボーカル(複数で)
顔峻+FM3+武権顔峻+FM3+武権2003/8ライブ撮影全曲参加
左小祖咒我不能悲傷地座在你身旁2005/5/25バックボーカル(複数で)3曲参加
左小祖咒你知道東方在哪一辺2008/3/8ノイズエフェクト編集、男声2曲参加
左小祖咒让我再见一次大夫走失的主人2009/2/28リミックス
左小祖咒我不能悲伤地坐在你身旁左小祖咒原声配楽No.12010/5/25バックボーカル(複数で)
左小祖咒你知道対方在那一辺2011/9/11作曲(左小祖咒と)2曲参加
左小祖咒廟会之旅II2011/9/11作曲・バックボーカル(複数で)4曲参加
吉吉阿珠・阿洛克古・阿鉄説日・阿西阿作・的莫媽麻・的莫呷呷・沈尓阿培・曲比洛洛・吉巴呷呷・牛苦尓哥对河流说是彝族民歌の電子生活2005/9音楽
WFDDSinAn Anthology of Chinese Experimental Music 1992-20082009/8メンバー(Dickson Deeと)
大忘杠楽隊山道上撞见两个咒师荒腔走板 選段2010/9ボーカル(宋雨喆と)全曲参加

出演

媒体曲名収録ソフト名発表年参加形態備考
地下映画自由的辺縁之鑑証2006/2インタビュー▼DVDあり

主要なライブ・コンサート

 1998年4月には蘭州で、點串楽隊、紅楽隊、水晶花園楽隊、瀋陽の攪水男孩楽隊、咸陽の子彈打完了楽隊とともにライブを行う。同年、バンドと活動を共にし、北京の忙蜂酒啊や嚎叫倶楽部で即興ライブを行った。

 1999年、広州で1stDEMO『大法度』を制作する。どうやら、このアルバムはイギリスで発売されたようだ。またバンドを結成し、ライブを行う。この時のメンバーは、王凡(Vo)・周勝軍(G)・朱芳瓊(アコースティックG)・呉呑(B)・高飛(Dr)・祖咒(バイオリン)。


 2000年、摩登天空と契約する。10月28日、豪運酒吧でライブを行ったが、この時、舌頭楽隊やNO楽隊のメンバーがバックバンドを務めた。11月26日には、上海のU-LIKE酒吧でライブを行ったが、この時のメンバーは王凡(Vo&Key&笛子)・朱小龍(リードG)・歡慶(ノイズG&軍鼓)・呉俊徳(B)・高飛(Dr)・祖咒(Key&バイオリン)・顔峻(詞朗読)・孫孟晋(詞朗読)。12月19日には、瀋陽の凱特金酒吧。

 2001年夏になり、摩登天空との契約の話は無くなってしまったのか、アルバム『身体里的冥響』をインディーズで発売した。また秋頃には、河酒吧で毎週末、セッションを行っていた。同年12月31日には、昆明で行われた“中国芸術在行動--昆明現代音楽節”に参加した。その時のメンバーは、王凡(Vo)・郭仲偉(暗夜公爵楽隊)・道吉才旦(B)・毛豆(Dr)・左小祖咒であった。

 中国ノイズ界の第一人者として、ノイズが中国人の人々に認識されるに従い、大きな注目を浴びるようになっていった。


2003年11月4日、“北京声納-国際電子音楽節”より (写真:北京声納-国際電子音楽節-)


 2002年5月31日には、蘭州の我的天堂酒吧でライブを行った。7月、オムニバス『BAD HEAD』に曲が収録された。同年、『身体里的冥響』が香港のNoise Asiaから発売された。また、実験映画『冬至』の音楽を担当した。12月19日、全国農業展覧館2号館で行われた迷笛音楽季に出演した。  2003年9月、アルバム『無限反復』が発売となった。10月10日から17日まで首都劇院人芸実験劇場で行われた戯劇「審問記」に出演した。11月4日、北京の蔵酷で行われた“北京国際電子音楽節”に参加した。同年、オムニバス『十三不靠(極度揺滾NO.3)』に曲が収録された。

 2004年2月14日、上海の上海多倫現代美術館で行われた“打開天空”実験電子音楽会に参加した。5月、スイスでライブを行った。7月、話劇「火臉」の韓国公演で音楽を担当した。9月21日、新豪運酒吧で行われた“観音聚会”に参加した。


2000年の写真



 9月27日、吉吉画廊門口で行われた実験噪音音楽会にPNF(香港の李勁松)と2人で共演した。この時、Junky(Dr)がサポートを務めた。10月15・17日、哈爾濱話劇院で行われた“哈爾濱新音楽芸術節”に参加した。両日とも、呉迪と共演した。11月4日、新豪運酒吧で行われた“為野孩子楽隊小索送行”追悼ライブに顔峻と共に参加した。11月27日、杭州の31号酒吧で行われた“第二届第二層皮音楽節”に参加した。12月3日、“北京文化転播現場-撒把芥末”に参加した。12月30日、広州のSOLO吧。

 2005年1月20日、13CLUBで行われたSUB JAMアルバム発表会+観音唱片アルバム発表会に参加した。3月19日、湖南省でベルギーのC-drikやカナダのeugeneと共にライブを行った。5月21日、南門劇場で行われた“第二届大山子国際芸術節”に参加した。同年、鐵觀音楽隊に参加した。6月、王凡・楊韜・馮昊の3人で、“突破閾限”サウンドオープニングに参加した。6月12日、無名高地酒吧で行われた即興ライブに参加した。6月21日、両個好朋友酒吧で顔峻や小河と共に即興ライブを行った。6月26日、愚公移山酒[ロ巴]でライブを行った。6月28日、両個好朋友酒吧でライブを行った。8月8日、厦門の最吧で行われた“最電子”電子音楽節に参加した。9月、日本の東京で行われた“Asia Meeting音楽節”に参加する予定であったが、ビザが下りず参加できなかった。


2004年9月27日、吉吉画廊門口で行われた実験噪音音楽会より 奥はPNF (撮影:YIREN)


 10月2日、北京海淀公園迷笛音楽節小舞台で行われた迷笛音楽節MINI MIDIに出演した。12月27日、両個好朋友酒吧。この時、田鵬と一緒にライブを行った。  2006年1月、話劇「論黒暗是不存在的」の音楽を担当した。3月7日、両個好朋友酒吧。この時のライブは、9月になり『水陸観音現場』としてアルバム化された。3月25日、13CLUBでライブを行った。5月1日、北京海淀公園迷笛音楽節実験小舞台で行われた迷笛音楽節MINI MIDI IIに出演した。6月、初の正式なアルバムとなる『五行』が発売となった。7月11日、両個好朋友酒吧で『五行』発表会を開いた。11月25日、杭州のLoft49凡人楽墅で行われた“第四届二皮声音芸術節”に参加した。

 2007年3月27日、両個好朋友酒吧でライブを行った。5月3日、北京海淀公園で行われた迷笛音楽節MINI MIDI舞台に参加した。12月15日、MAOで行われた惘聞楽隊のライブの前座を務めた。

 2008年5月1日、両個好朋友酒吧外舞台で行われたMini Midi 2008に参加した。5月30・31日、長沙のFREEDOM HOUSEで李劍鴻とともにライブを行った。6月、オムニバス『Noise Is Free』に718との曲が収録された。9月30日、唐山の唐山後海音楽倶楽部でライブを行った。12月、オムニバス『背景 - 中国声音芸術』に曲が収録された。

 2009年7月、大忘杠楽隊に加入した。8月、ベルギーのSUB ROSAから発売となったアンソロジー『An Anthology of Chinese Experimental Music 1992-2008』に曲が収録された。

 2010年3月、オムニバス『陽春』に曲が収録された。(一部情報提供:佐藤あつしさん)


外部リンク

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ディスコグラフィー

参加アルバム 

アーティスト・バンド名曲名アルバム名発表年参加形態備考