豈珩

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豈珩
Qihang 11.jpg
1stアルバムの歌詞カードより。
基本情報
中国語名(簡体字) 岂珩
中国語名(繁体字) 豈珩
拼音 Qi Hang
発音転記 チィ ハン
出生名 豈航
別名 啓航
出生日 1971年 -
出身地 北京市
担当楽器 ボーカルギターベースドラム
ジャンル フォーク
職業 ライブバー専属ミュージシャンライブバー専属歌手音楽学校講師ディレクタープランナー読書家出版社経営者
活動期間 1990年 -

豈珩(チィ ハン、Qi Hang、1971年 -)は、北京市で活動していたボーカリスト。主に裏方での活動が中心で、近年は読書家として名前が知られている。満州族

経歴

2歳の時、両親は山から田舎に移り住んだが、豈珩は北京市で生活していた。1976年、河北省青竜満族自治県で両親と共に生活するようになる。16歳の時、河北省秦皇島市に移り住んだ。1987年、高校生の時にギターハーモニカを独学で勉強した。1989年、ドラムベースを勉強した。また、音楽創作をするようになる。

1990年、北京市に再度移り住んだが、今回は1人であった。ただ、なかなか慣れず、建築現場労働者や荷物運び、事務所職員、バーのホールスタッフ、教師など、何回も仕事を変えた。また、同年からいくつかのバンドを結成し、レストランやディスコで専属バンドとして活動したが、それほど長くは活動せず、解散となった。

1993年夏から1995年初にかけて、北京市文化局文芸人才交流中心歌手班の講師となった。また、「明日之星流行楽壇歌手大奨賽」のイベントスタッフとなった。

1995年夏から1998年4月にかけて、陳哲と知り合ったことで、香港CZ音楽制作公司北京工作室で、行政管理やプロデュース・企画宣伝の仕事に就いた。そして、いくつかのアルバムのプロデュースや販売に関する担当となった。

1996年末から、テレビ・中央電視台の番組『東方時空』でドキュメンタリー映像を撮影し、1997年に放送された。

1998年11月、北方兄弟文化発展公司アートディレクターを担当した。12月、中央人民広播電台のCM曲を担当した。

2000年11月、1stアルバム『家郷』が発売となった。

2002年2月、2ndアルバム『未来的光明』が発売となった。

やがて、音楽活動を辞め、啓航と名乗り、音楽サイト運営や映像撮影、映像監督などを務めた。2010年には、中国書店出版社の副社長となったほか、雑誌の書評欄の選考者、ラジオ・北京人民広播電台の『読者倶楽部』で司会者を務めたほか、新聞『中国新聞出版報』の販売書籍ランキングの評論家、サイト・SOHU読書頻道(読書チャンネル)の番組『無間書道』のプランナー、テレビ・広西電視台の『読書時分』で司会を務めた。

ディスコグラフィー

スタジオ・アルバム

ソロ発表曲 

曲名アルバム名発表年備考
桥上走过谁家女第一直覚1998
魔域夢峡谷1998

参加アルバム 

アーティスト・バンド名曲名アルバム名発表年参加形態備考
金得哲半夢1996プロジェクト別(張粛・梁静と)、作詞・レコーディング日誌(範波と)、作曲、男性バックボーカル(木人と)、映像(陳哲・張粛と)、プロモーション・ライナーノーツ(範波・梁静と)全曲参加▽『夢幻田園』も
龔鳴云中的小鹰夢峡谷1998ボーカル(複数で)

外部リンク