「曹草」の版間の差分
| (同じ利用者による、間の9版が非表示) | |||
| 1行目: | 1行目: | ||
{{Infobox Musician | {{Infobox Musician | ||
| name = 曹草 | | name = 曹草 | ||
| − | | image = [[Image:Caocao(caowusheng) | + | | image = [[Image:Caocao(caowusheng)_12.jpg|center|290px]] |
| − | | iamge_caption = | + | | iamge_caption = 2011年の写真。(写真:[https://site.douban.com/caocao/ 豆瓣音乐人]) |
| chinesename_jiantizi = 曹草 | | chinesename_jiantizi = 曹草 | ||
| chinesename_fantizi = 曹草 | | chinesename_fantizi = 曹草 | ||
| 8行目: | 8行目: | ||
| chinesename_katakana = ツァオツァオ | | chinesename_katakana = ツァオツァオ | ||
| englishname = | | englishname = | ||
| − | | birth_name = | + | | birth_name = |
| − | | alias = | + | | alias = 曹無声、次品磁狼、査無此狼 |
| − | | born = | + | | born = 1972年11月7日 |
| blood = | | blood = | ||
| school_background = [[北京迷笛音楽学校]] | | school_background = [[北京迷笛音楽学校]] | ||
| 17行目: | 17行目: | ||
| instrument = [[ボーカル]]・[[ギター]] | | instrument = [[ボーカル]]・[[ギター]] | ||
| genre = [[サイケデリック]]・[[ゴシック]]・[[フォーク]] | | genre = [[サイケデリック]]・[[ゴシック]]・[[フォーク]] | ||
| − | | occupation = | + | | occupation = [[ライブバー専属ミュージシャン]]・[[アルバム販売業者]]・[[小説家]] |
| years_active = | | years_active = | ||
| influences = | | influences = | ||
| 23行目: | 23行目: | ||
}} | }} | ||
| + | [[Image:Caocao(caowusheng)_11.jpg|thumb|[[暗夜公爵楽隊]]の[[開心楽園]]でのライブより。(撮影:奕澎、写真:[https://www.douban.com/note/710458061/?_i=2541648LMv9tIc 查无此狼:抑郁症音乐人的心灵史])]] | ||
| − | '''曹草'''(ツァオツァオ、Cao | + | '''曹草'''(ツァオツァオ、Cao Cao、1972年11月7日 -)は、[[四川省]][[成都市]]で活動している[[イ族]]の[[ボーカリスト]]・[[ギタリスト]]。[[北京市]]で活動していたこともある。 |
== 経歴 == | == 経歴 == | ||
| − | + | 姓は曹、名は草、字は無声(本当ではなく、これは曹草によるユーモア)。当初は曹草と名乗っていたが、やがて曹無声とも名乗るようになった。曹無声の意味は、のちに躁鬱病になり、一切の事に興味を失い、コミュニケーション能力を失うため(会話することに意味がないと感じてしまうため)を由来としている。 | |
| − | + | 幼い頃から兄弟の中で最も成績が良く、[[四川省]][[涼山彝族自治州]][[金陽県]]1番の大学受験の成績により、1991年、[[四川省]][[南充市]]の[[四川師範学院]]中文系に入学したが、学校の教育目標(共産党の教育関連の仕事に就く)と、自分の理想(李宗盛のようなシンガーソングライターになる)に矛盾が生じており、とても憂鬱であり、1993年には退学することになった。それから、文化宮で一緒に[[ギター]]を勉強した仲間達とバンドを結成し、ディスコで伴奏をして生活費を稼いでいたが、バンドのレベル・経歴・人間関係など、全てが影響を及ぼし、収入より消費した金額の方が高く、初めて借金をした。借金をした相手は辞めた大学の古典文学の陳瑞釗博士であった。この博士だけは唯一大学を退学することに理解があり、退学の時も「あなたはヒッピーになりたいんだね」と笑いながら言われたほどである。ただ、お金を返そうとした頃、博士は癌で亡くなり、永遠に後悔だけが残った。その後、ディスコでの伴奏も長続きせず、解約させられてしまい、実家に戻り、創作活動をしながら過ごした。 | |
| + | |||
| + | やがて、雑誌『音像世界』の広告を見て、1995年、[[北京市]]の[[北京迷笛音楽学校]]に弟の[[曹操]]と入学した。生活費や家賃を稼ぐために、[[打口帯]]を売っていた。 | ||
1999年10月、[[北京市]]の東北旺で[[薬用植物研究所楽隊]]を結成し、[[ボーカル]]を担当した。 | 1999年10月、[[北京市]]の東北旺で[[薬用植物研究所楽隊]]を結成し、[[ボーカル]]を担当した。 | ||
| − | + | 2000年後半には、[[薬用植物研究所楽隊]]と共に[[四川省]][[成都市]]に移住したが、約半年ほどで[[北京市]]樹村に戻った。 | |
| + | |||
| + | 2001年初、[[薬用植物研究所楽隊]]を脱退した。同年2月頃、[[暗夜公爵楽隊]]に加入し、[[ボーカル]]を担当した。[[薬用植物研究所楽隊]]を脱退して、[[暗夜公爵楽隊]]に加入したのは、[[暗夜公爵楽隊]]の方が独創的で実験性が強いバンドで、自分のスタイルに合うと感じたためである。 | ||
| + | |||
| + | 2003年、[[四川省]][[楽山市]]で春節を過ごしたが、兄(三哥)が病気(のちに癌で亡くなった)になり、その看病のために[[北京市]]に戻らず、そのまま、[[暗夜公爵楽隊]]を脱退した。それと共に[[暗夜公爵楽隊]]は解散した。やがて[[北京市]]に戻ろうとした時に、曹草自身も肺気胸手術を行うことになり、すぐには戻れなかった。 | ||
| − | + | その後、[[暗夜公爵楽隊]]の郭仲偉からは何度もバンドの再結成を促されたが、郭仲偉自身が家庭を養う必要があり、バンド結成に至らなかった。 | |
| − | + | 2004年、[[四川省]][[成都市]]へ行き、躁鬱になり、治療をメインとして暮らしていた。やがて、[[巫師来了楽隊]]に加入した。また、2004年から2006年にかけて、査無此狼の名義で掘火網刊にネット小説『琵琶行』を発表した。 | |
| − | + | 2006年から2010年にかけて、治療を継続したほか、小説を書いたり、音楽の創作をしていたほか、たまにソロでライブを行なうようになった。 | |
| − | + | 2009年、ネット・閑閑書話に連続小説『那一年我17歳』を連載した。 | |
| − | + | 2010年からライブ活動を増やしていった。同年、舞台脚本『楽夢旅程』を創作した。 | |
| + | 2012年には、蜀都野草民謡社の社長となり、数多くのフォークシンガーによるチャリティーライブに参加した。 | ||
| + | |||
| + | 2013年前半には西南地方ツアーを行なった。同年後半には、[[北京市]]でのライブをメインとして活動した。また、映画の脚本を何冊か手掛けた。 | ||
| + | |||
| + | 2014年、アルコールが問題で[[北京市]]の[[大興精神病医院]]に入院した。入院したことで、賈宏声の病人友達の病人友達となった。同年秋、[[成都市]]での活動を再開した。 | ||
| + | |||
| + | 2015年、躁鬱病が酷くなり、一切の活動を辞め、またネットも数年ほど触れない生活を過ごすようになった。 | ||
| + | |||
| + | 2019年からアルバム『故詞新声』の制作を開始したが、病気により、制作が停滞している。 | ||
== ディスコグラフィー == | == ディスコグラフィー == | ||
| + | |||
| + | === スタジオ・アルバム === | ||
| + | |||
| + | *曹無声 '''[[蜀都節奏(曹無声)|蜀都節奏]]'''(2011年8月1日) | ||
=== ソロ発表曲 === | === ソロ発表曲 === | ||
{{Solo List | {{Solo List | ||
| − | | songname01 = | + | | songname01 = (曲名不明) |
| − | | album01 = [[ | + | | album01 = [[民謡救護車義演現場収音]] |
| − | | date01 = | + | | date01 = 2011/2/241 |
| description01 = | | description01 = | ||
| − | | songname02 = | + | | songname02 = 极昼 |
| album02 = [[69CAFE VOL.1]] | | album02 = [[69CAFE VOL.1]] | ||
| date02 = 2013/7/1 | | date02 = 2013/7/1 | ||
| description02 = | | description02 = | ||
| − | | songname03 = 我是一个瓜娃子 | + | | songname03 = 起 |
| − | | | + | | album03 = [[69CAFE VOL.1]] |
| − | | | + | | date03 = 2013/7/1 |
| − | | | + | | description03 = |
| + | |||
| + | | songname04 = 我是一个瓜娃子 | ||
| + | | album04 = [[中国夢I]] | ||
| + | | date04 = 2014/10/10 | ||
| + | | description04 = | ||
| + | }} | ||
| + | |||
| + | === 参加アルバム === | ||
| + | |||
| + | {{Participation List | ||
| + | | artist01 = 映画 | ||
| + | | songname01 = 汉广 | ||
| + | | album01 = 旅程 | ||
| + | | date01 = 2004/5/14 | ||
| + | | participation01 = ギター、ボーカル | ||
| + | | description01 = 映画『旅程』のエンディングテーマ▽フランス・チェコで公開 | ||
}} | }} | ||
| 75行目: | 111行目: | ||
*[[双流棠湖公園/2007年4月15日|2007年4月15日 四川省成都市 双流棠湖公園演芸広場]] | *[[双流棠湖公園/2007年4月15日|2007年4月15日 四川省成都市 双流棠湖公園演芸広場]] | ||
*[[馬丘比丘珈琲館/2007年11月16日|2007年11月16日 四川省成都市 馬丘比丘珈琲館]] | *[[馬丘比丘珈琲館/2007年11月16日|2007年11月16日 四川省成都市 馬丘比丘珈琲館]] | ||
| + | *[[家JAH BAR/2011年1月28日|2011年1月28日 四川省成都市 家JAH BAR]] | ||
*[[馬丘比丘珈琲館/2011年9月10日|2011年9月10日 四川省成都市 馬丘比丘珈琲館]] | *[[馬丘比丘珈琲館/2011年9月10日|2011年9月10日 四川省成都市 馬丘比丘珈琲館]] | ||
| + | *[[成都珠江御景湾/2011年9月23日|2011年9月23日 四川省成都市 成都珠江御景湾中軸草坪 第五届珠江国際詩歌節成都站]] ソロの演奏のほか、劉沢球の伴奏 | ||
| + | *[[四川大学/2011年10月16日|2011年10月16日 四川省成都市 四川大学体育館辺草地]] | ||
| + | *[[SM購物広場(成華店)/2012年3月31日|2012年3月31日 四川省成都市 SM購物広場(成華店)]] | ||
*[[東区音楽公園/2012年4月2日|2012年4月2日 四川省成都市 東区音楽公園]] | *[[東区音楽公園/2012年4月2日|2012年4月2日 四川省成都市 東区音楽公園]] | ||
| + | *[[一方民謡/2012年4月21日|2012年4月21日 四川省成都市 一方民謡]] | ||
| + | *[[家JAH BAR/2012年4月25日|2012年4月25日 四川省成都市 家JAH BAR]] | ||
| + | *[[東区音楽公園/2012年5月26日|2012年5月26日 四川省成都市 東区音楽公園]] クレジット:曹無声&馬丁 | ||
| + | *[[栗樹珈琲館(宋荘店)/2012年8月18日|2012年8月18日 北京市通州区 栗樹珈琲館]] | ||
*[[肖家河社区/2013年3月31日|2013年3月31日 四川省成都市 肖家河社区広場]] | *[[肖家河社区/2013年3月31日|2013年3月31日 四川省成都市 肖家河社区広場]] | ||
*[[猫兎倶楽部/2013年4月9日|2013年4月9日 広西チワン族自治区桂林市 猫兎倶楽部]] | *[[猫兎倶楽部/2013年4月9日|2013年4月9日 広西チワン族自治区桂林市 猫兎倶楽部]] | ||
| 86行目: | 130行目: | ||
*[[旅馬客桟/2013年4月17日|2013年4月17日 雲南省麗江市 旅馬客桟]] | *[[旅馬客桟/2013年4月17日|2013年4月17日 雲南省麗江市 旅馬客桟]] | ||
*[[潜水艇/2013年4月26日|2013年4月26日 四川省成都市 潜水艇]] | *[[潜水艇/2013年4月26日|2013年4月26日 四川省成都市 潜水艇]] | ||
| + | *[[江湖酒吧/2013年11月7日|2013年11月7日 北京市 江湖酒吧]] | ||
*[[海岸線酒吧/2014年9月19日|2014年9月19日 湖北省武漢市 海岸線酒吧]] | *[[海岸線酒吧/2014年9月19日|2014年9月19日 湖北省武漢市 海岸線酒吧]] | ||
| 91行目: | 136行目: | ||
*UTF-8 | *UTF-8 | ||
| + | **[https://site.douban.com/caowusheng/ 豆瓣音乐人] | ||
| + | *:音楽を主体としている豆瓣。 | ||
| + | **[https://site.douban.com/caocao/ 豆瓣音乐人] | ||
| + | *:フォークを主体としている豆瓣。 | ||
| + | **[https://www.douban.com/group/caocao/ 豆瓣小组] | ||
**[https://www.douban.com/note/710458061/?_i=2541648LMv9tIc 查无此狼:抑郁症音乐人的心灵史] | **[https://www.douban.com/note/710458061/?_i=2541648LMv9tIc 查无此狼:抑郁症音乐人的心灵史] | ||
| − | * | + | *:豆瓣より。 |
{{DEFAULTSORT:Caocao(caowusheng)}} | {{DEFAULTSORT:Caocao(caowusheng)}} | ||
| 104行目: | 154行目: | ||
[[Category:ゴシック]] | [[Category:ゴシック]] | ||
[[Category:フォーク]] | [[Category:フォーク]] | ||
| + | [[Category:ライブバー専属ミュージシャン]] | ||
| + | [[Category:アルバム販売業者]] | ||
| + | [[Category:小説家]] | ||
2024年5月5日 (日) 07:44時点における最新版
| 曹草 | |
|---|---|
|
2011年の写真。(写真:豆瓣音乐人) | |
| 基本情報 | |
| 中国語名(簡体字) | 曹草 |
| 中国語名(繁体字) | 曹草 |
| 拼音 | Cao Cao |
| 発音転記 | ツァオツァオ |
| 別名 | 曹無声、次品磁狼、査無此狼 |
| 出生日 | 1972年11月7日 |
| 学歴 | 北京迷笛音楽学校 |
| 出身地 | 四川省涼山彝族自治州金陽県 |
| 担当楽器 | ボーカル・ギター |
| ジャンル | サイケデリック・ゴシック・フォーク |
| 職業 | ライブバー専属ミュージシャン・アルバム販売業者・小説家 |
曹草(ツァオツァオ、Cao Cao、1972年11月7日 -)は、四川省成都市で活動しているイ族のボーカリスト・ギタリスト。北京市で活動していたこともある。
経歴
姓は曹、名は草、字は無声(本当ではなく、これは曹草によるユーモア)。当初は曹草と名乗っていたが、やがて曹無声とも名乗るようになった。曹無声の意味は、のちに躁鬱病になり、一切の事に興味を失い、コミュニケーション能力を失うため(会話することに意味がないと感じてしまうため)を由来としている。
幼い頃から兄弟の中で最も成績が良く、四川省涼山彝族自治州金陽県1番の大学受験の成績により、1991年、四川省南充市の四川師範学院中文系に入学したが、学校の教育目標(共産党の教育関連の仕事に就く)と、自分の理想(李宗盛のようなシンガーソングライターになる)に矛盾が生じており、とても憂鬱であり、1993年には退学することになった。それから、文化宮で一緒にギターを勉強した仲間達とバンドを結成し、ディスコで伴奏をして生活費を稼いでいたが、バンドのレベル・経歴・人間関係など、全てが影響を及ぼし、収入より消費した金額の方が高く、初めて借金をした。借金をした相手は辞めた大学の古典文学の陳瑞釗博士であった。この博士だけは唯一大学を退学することに理解があり、退学の時も「あなたはヒッピーになりたいんだね」と笑いながら言われたほどである。ただ、お金を返そうとした頃、博士は癌で亡くなり、永遠に後悔だけが残った。その後、ディスコでの伴奏も長続きせず、解約させられてしまい、実家に戻り、創作活動をしながら過ごした。
やがて、雑誌『音像世界』の広告を見て、1995年、北京市の北京迷笛音楽学校に弟の曹操と入学した。生活費や家賃を稼ぐために、打口帯を売っていた。
1999年10月、北京市の東北旺で薬用植物研究所楽隊を結成し、ボーカルを担当した。
2000年後半には、薬用植物研究所楽隊と共に四川省成都市に移住したが、約半年ほどで北京市樹村に戻った。
2001年初、薬用植物研究所楽隊を脱退した。同年2月頃、暗夜公爵楽隊に加入し、ボーカルを担当した。薬用植物研究所楽隊を脱退して、暗夜公爵楽隊に加入したのは、暗夜公爵楽隊の方が独創的で実験性が強いバンドで、自分のスタイルに合うと感じたためである。
2003年、四川省楽山市で春節を過ごしたが、兄(三哥)が病気(のちに癌で亡くなった)になり、その看病のために北京市に戻らず、そのまま、暗夜公爵楽隊を脱退した。それと共に暗夜公爵楽隊は解散した。やがて北京市に戻ろうとした時に、曹草自身も肺気胸手術を行うことになり、すぐには戻れなかった。
その後、暗夜公爵楽隊の郭仲偉からは何度もバンドの再結成を促されたが、郭仲偉自身が家庭を養う必要があり、バンド結成に至らなかった。
2004年、四川省成都市へ行き、躁鬱になり、治療をメインとして暮らしていた。やがて、巫師来了楽隊に加入した。また、2004年から2006年にかけて、査無此狼の名義で掘火網刊にネット小説『琵琶行』を発表した。
2006年から2010年にかけて、治療を継続したほか、小説を書いたり、音楽の創作をしていたほか、たまにソロでライブを行なうようになった。
2009年、ネット・閑閑書話に連続小説『那一年我17歳』を連載した。
2010年からライブ活動を増やしていった。同年、舞台脚本『楽夢旅程』を創作した。
2012年には、蜀都野草民謡社の社長となり、数多くのフォークシンガーによるチャリティーライブに参加した。
2013年前半には西南地方ツアーを行なった。同年後半には、北京市でのライブをメインとして活動した。また、映画の脚本を何冊か手掛けた。
2014年、アルコールが問題で北京市の大興精神病医院に入院した。入院したことで、賈宏声の病人友達の病人友達となった。同年秋、成都市での活動を再開した。
2015年、躁鬱病が酷くなり、一切の活動を辞め、またネットも数年ほど触れない生活を過ごすようになった。
2019年からアルバム『故詞新声』の制作を開始したが、病気により、制作が停滞している。
ディスコグラフィー
スタジオ・アルバム
- 曹無声 蜀都節奏(2011年8月1日)
ソロ発表曲
| 曲名 | アルバム名 | 発表年 | 備考 |
|---|---|---|---|
| (曲名不明) | 民謡救護車義演現場収音 | 2011/2/241 | |
| 极昼 | 69CAFE VOL.1 | 2013/7/1 | |
| 起 | 69CAFE VOL.1 | 2013/7/1 | |
| 我是一个瓜娃子 | 中国夢I | 2014/10/10 |
参加アルバム
| アーティスト・バンド名 | 曲名 | アルバム名 | 発表年 | 参加形態 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 映画 | 汉广 | 旅程 | 2004/5/14 | ギター、ボーカル | 映画『旅程』のエンディングテーマ▽フランス・チェコで公開 |
主要なライブ・コンサート
- 2006年8月25日 四川省成都市 馬丘比丘珈琲館
- 2006年9月1日 四川省成都市 馬丘比丘珈琲館 クレジット:曹草+李力
- 2007年2月2日 四川省成都市 麻糖酒吧
- 2007年4月15日 四川省成都市 双流棠湖公園演芸広場
- 2007年11月16日 四川省成都市 馬丘比丘珈琲館
- 2011年1月28日 四川省成都市 家JAH BAR
- 2011年9月10日 四川省成都市 馬丘比丘珈琲館
- 2011年9月23日 四川省成都市 成都珠江御景湾中軸草坪 第五届珠江国際詩歌節成都站 ソロの演奏のほか、劉沢球の伴奏
- 2011年10月16日 四川省成都市 四川大学体育館辺草地
- 2012年3月31日 四川省成都市 SM購物広場(成華店)
- 2012年4月2日 四川省成都市 東区音楽公園
- 2012年4月21日 四川省成都市 一方民謡
- 2012年4月25日 四川省成都市 家JAH BAR
- 2012年5月26日 四川省成都市 東区音楽公園 クレジット:曹無声&馬丁
- 2012年8月18日 北京市通州区 栗樹珈琲館
- 2013年3月31日 四川省成都市 肖家河社区広場
- 2013年4月9日 広西チワン族自治区桂林市 猫兎倶楽部
- 2013年4月10日 広西チワン族自治区桂林市陽朔県 DEMO吧
- 2013年4月11日 広西チワン族自治区柳州市 拉丁雨後珈琲吧
- 2013年4月12日 広西チワン族自治区南寧市 魔旗live house
- 2013年4月14日 雲南省昆明市 文林記憶珈琲館
- 2013年4月16日 雲南省大理白族自治州大理市 九月酒吧
- 2013年4月17日 雲南省麗江市 旅馬客桟
- 2013年4月26日 四川省成都市 潜水艇
- 2013年11月7日 北京市 江湖酒吧
- 2014年9月19日 湖北省武漢市 海岸線酒吧
外部リンク
- UTF-8
- 音楽を主体としている豆瓣。
- フォークを主体としている豆瓣。
- 豆瓣より。