「地下嬰児楽隊」の版間の差分

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'''地下嬰児楽隊'''(、Dixiayinger)は、[[北京市]]で活動しているバンド。
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== メンバー ==
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*'''[[高幸]]'''([[高偉]]) [[ボーカル]] & [[ギター]](結成当初 - 1999年,2000年末 - 2004年前半,2007年後半 -)
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*'''[[孫大威]]''' [[ギター]](2000年末 - 2003年前半,2007年後半 -)
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*'''[[朱博譞]]''' [[ベース]](2007年後半 -)
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*'''王子''' [[ドラム]](2007年後半 -) -- [[賭鬼楽隊]]のメンバー。
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=== 過去に在籍したメンバー ===
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*'''[[蒋寧湛]]''' [[ベース]](結成当初)
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*'''[[岳浩昆]]''' [[ベース]](1997年? - 1998年末)
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*'''[[李鵬]]''' [[ベース]](1998年末 - 1999年)
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*'''[[高陽]]''' [[ドラム]](結成当初 - 1999年,2003年後半 - 2004年前半)
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*'''[[大楽]]''' [[ベース]](2000年末 - 2002年?)
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*'''[[蘇陽]]''' [[ドラム]](2000年末 - 2002年?)
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*'''梨鵬''' [[キーボード]](2000年末 - 2003年前半) -- [[麦田守望者楽隊]]のメンバー。
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*'''煬子''' [[Mg]](2000年末 -  2002年?)
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*'''崔力''' [[ベース]](2003年後半 - 2004年前半)
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== 経歴 ==
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[[高偉]]([[高幸]])・[[高陽]]兄弟によって結成された。
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1996年発売の[[オムニバス・アルバム]]『[[中国火II]]』に「都一样」を発表する。中国パンク初期の代表作品として、高い評判を呼ぶ。同年、[[魔岩唱片]]と契約する。
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彼らが活動する以前にも、[[何勇]]等、パンクロッカーと呼ばれた人物はいるが、1998年以降の[[パンク]]ブームに直接繋がるバンドで、黎明期から活動していたバンドは、地下嬰児楽隊であり、他のパンクロッカーからも一目置かれる存在であった。
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1999年、[[魔岩唱片]]の中国撤退と共に[[滾石唱片]]に移籍する。1月になって発売が長引いていた、1stアルバム『[[覚醒(地下嬰児楽隊)|覚醒]]』がようやく発売となった。パンク愛好者、音楽評論家から高い評価を受けたが、間もなくして活動休止に入った。
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2000年末になり、[[高幸]]はメンバーを一新して活動を再開した。音楽スタイルも[[オールドスクールパンク]]だけでなく、[[サイケデリックテクノ]]などの新しい要素を取り入れたものとなった。
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2001年、13曲入り[[デモテープ]]を制作する。
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2003年、バンドの記録映像が完成する。11月から12月にかけて、自分達の自動車移動による全国ツアーを開始した。
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2004年前半、活動が休止となる。
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2007年後半、活動を再開した。
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== ディスコグラフィー ==
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=== スタジオ・アルバム ===
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*'''[[覚醒(地下嬰児楽隊)|覚醒]]'''(1999年1月)
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=== ライブ・アルバム ===
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*'''[[“覚醒2008”専場精選(地下嬰児楽隊)|“覚醒2008”専場精選]]'''(2008年3月)
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=== ソロ発表曲 ===
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== 主要なライブ・コンサート ==
  
 
*[[波児卡倶楽部/1996年5月3日|1996年5月3日 北京市 波児卡倶楽部]]
 
*[[波児卡倶楽部/1996年5月3日|1996年5月3日 北京市 波児卡倶楽部]]
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*[[熱波音楽節/2009年5月2日|2009年5月2日 四川省成都市 保利198郁金香公園 2009熱波(成都)国際音楽節]]
 
*[[熱波音楽節/2009年5月2日|2009年5月2日 四川省成都市 保利198郁金香公園 2009熱波(成都)国際音楽節]]
 
*[[西岸音楽節/2011年10月23日|2011年10月23日 江西省南昌市 紅谷灘国際会展中心 2011南昌西岸音楽節]]
 
*[[西岸音楽節/2011年10月23日|2011年10月23日 江西省南昌市 紅谷灘国際会展中心 2011南昌西岸音楽節]]
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のち、ベーシストが岳浩昆となる。そして、[ロ豪]叫倶楽部などでライブを行った。
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 彼らが活動する以前にも、何勇等、パンクロッカーと呼ばれた人物はいるが、1998年以降のパンクブームに直接繋がるバンドで、黎明期から活動していたバンドは、地下嬰兒であり、他のパンクロッカーからも一目置かれる存在であった。
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 1997年7月11日、向日葵倶楽部でライブを行った。
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 1998年発売のオムニバス『中国火Ⅲ』には、「種子」と「覚醒」が収録された。同年末になり、ベーシストが李鵬になる。
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1998年9月6日、[ロ豪]叫倶楽部で行われたライブより
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左から:高幸(Vo&G)・高陽(Dr)・岳浩昆(B)
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(撮影:YIREN)
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 1999年、魔岩唱片の中国撤退と共に滾石唱片に移籍する。1月になって発売が長引いていた、1stアルバム『覚醒』がようやく発売となる。パンク愛好者、音楽評論家から高い評価を受けたが、間もなくして活動休止に入り、高幸はソロ活動を始めた。
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 2000年末になり、メンバーを一新して活動を再開した。メンバーは高幸(Vo&G)・孫大威(G)・大樂(B)・蘇陽(Dr)・梨明(麥田守望者楽隊)(Key)・煬子(Mg)で、ドラムは高陽ではない。音楽スタイルもパンクではなくなった。
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 2001年、13曲入りDEMOを製作する。12月20日、CD CAFEでライブを行った。
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 2002年1月1日には、蔵酷(THE LOFT)で行われた“≪LISTEN PROJECT≫正式放送開始記念式典”に出演した。この時は、サイケデリックテクノなどを取り入れ、新たな音楽スタイルを形成していた。
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2003年頃の写真
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(摩登天空より)
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 2003年のメンバーは高幸(Vo)・孫大威(G)・梨鵬(Key)。3月、CD付雑誌『我愛揺滾楽18』に「転変只是在一瞬間」が収録された。同年、バンドの記録映像が完成する。
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 その後、メンバーが変更となる。7月26日、深[土川]の根拠地酒[ロ巴]で行われた“第三届深[土川]揺滾音楽周”に出演した。11月から12月にかけて、自分達の自動車移動による全国ツアーを開始した。11月26日、山東省烟台の山東工商学院大学生芸術中心礼堂でライブを行った。12月4日、南京の莱鳥酒[ロ巴]でライブを行った。12月5日、南京の古堡神曲酒[ロ巴]でライブを行った。12月7日、杭州の風花雪月酒[ロ巴]でライブを行った。12月8日、湘潭でライブを行った。12月10日、南昌の洛克楽隊演練場でライブを行った。12月12日、深[土川]の根拠地酒[ロ巴]でライブを行った。12月13日、珠海のLive Barでライブを行った。12月14日、広州のSOLO[ロ巴]でライブを行った。12月19日、湘潭の新城市快車酒[ロ巴]でライブを行った。12月20日、武漢の7&7酒[ロ巴]でライブを行った。12月24日、重慶の木船LIVEHOUSEでライブを行った。この時のメンバーは、高幸(Vo&G)・崔力(B)・高陽(Dr)。12月25日、成都の小酒館でライブを行った。12月27日、西安の八又二分之一酒[ロ巴]でライブを行う予定であったが、ベーシストが急性腸炎となってしまい、ライブが延期となった。12月31日、天津の越野風暴酒[ロ巴]でライブを行った。
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2003年12月25日のライブ
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(写真:蔡鳴)
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 2004年3月27日、龍閣でライブを行った。その後、活動が休止となる。
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 2007年後半、活動を再開した。活動再開後の音楽スタイルは結成当初のオールドスクールパンクに戻った。12月25日、星光現場音楽庁で行われた“明日的栄耀 摩登十年星光夜--北京新声10年夜”ライブに参加した。この時のメンバーは、高幸(Vo&G)・孫大威(G)・朱博xuan(刺wei楽隊)(B)・王子(賭鬼楽隊)(Dr)。
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 2008年3月7日、星光現場音楽庁で“覚醒2008”ライブを開いた。この時、『“覚醒2008”専場精選』を販売した。5月10日、D-22でライブを行った。5月17日、MAOでライブを行った。6月21日、上海のWINDOWS UNDERGROUNDでライブを行った。8月14日、星光現場音楽庁で行われた“中国現代音楽周”に参加した。10月2日、北京海淀公園海淀展覧館西側万人広場で行われた“摩登天空音楽節”主舞台に参加した。11月8日、天津の紅橋意庫創意園区A庫で行われた“天津第三届原創音楽季 群英会”に参加した。11月27日、愚公移山でライブを行った。
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 2009年5月2日、成都市保利198郁金香公園で行われた“2009熱波(成都)国際音楽節”主舞台に参加した。5月12日、星光現場音楽庁で行われた“至少我們在一起.群星記念5.12義演”チャリティライブに参加した。5月28日、西安の紡績城芸術区唐華一印で行われた“楽来楽快楽 -09張冠李戴音楽節”に参加した。
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== 外部リンク ==
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*中国語
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**[http://baike.baidu.com/view/1084054.htm 百度百科]
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[[Category:バンド]]
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[[Category:北京市のバンド]]
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[[Category:1990年代結成]]
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[[Category:オールドスクールパンク]]
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[[Category:サイケデリックテクノ]]

2012年5月17日 (木) 15:22時点における版

Dixiayinger 11.jpg
1998年9月6日、嚎叫倶楽部で行なわれたライブより。左から:高幸高陽岳浩昆。(撮影:YIREN
基本情報
中国語名(簡体字) 地下婴儿
中国語名(繁体字) 地下嬰兒
拼音 Dixiayinger
英語名・外国語名 Underground Baby
出身地 北京市
ジャンル オールドスクールパンクサイケデリックテクノ(2000年末 - 2004年前半)
活動期間 1996年? - 1999年,2000年末 - 2004年前半,2007年後半 -
メンバー 高幸
孫大威
朱博譞
王子
2003年頃の写真。(写真:摩登天空
2003年12月25日のライブ。(写真:蔡鳴
2008年6月21日、上海市WINDOWS UNDERGROUNDでのライブ。左から:朱博譞高幸・王子・孫大威。(撮影:YIREN

地下嬰児楽隊(、Dixiayinger)は、北京市で活動しているバンド。

メンバー

過去に在籍したメンバー

経歴

高偉高幸)・高陽兄弟によって結成された。

1996年発売のオムニバス・アルバム中国火II』に「都一样」を発表する。中国パンク初期の代表作品として、高い評判を呼ぶ。同年、魔岩唱片と契約する。

彼らが活動する以前にも、何勇等、パンクロッカーと呼ばれた人物はいるが、1998年以降のパンクブームに直接繋がるバンドで、黎明期から活動していたバンドは、地下嬰児楽隊であり、他のパンクロッカーからも一目置かれる存在であった。

1999年、魔岩唱片の中国撤退と共に滾石唱片に移籍する。1月になって発売が長引いていた、1stアルバム『覚醒』がようやく発売となった。パンク愛好者、音楽評論家から高い評価を受けたが、間もなくして活動休止に入った。

2000年末になり、高幸はメンバーを一新して活動を再開した。音楽スタイルもオールドスクールパンクだけでなく、サイケデリックテクノなどの新しい要素を取り入れたものとなった。

2001年、13曲入りデモテープを制作する。

2003年、バンドの記録映像が完成する。11月から12月にかけて、自分達の自動車移動による全国ツアーを開始した。

2004年前半、活動が休止となる。

2007年後半、活動を再開した。

ディスコグラフィー

スタジオ・アルバム

ライブ・アルバム

ソロ発表曲 

曲名アルバム名発表年備考
都一样中国火II1996/8
都一样揺滾中国楽勢力十年精選第一輯2001/4中国火II』と同じ
种子中国火III1998/10
觉醒中国火III
觉醒揺滾中国楽勢力十年精選第二輯2001/4中国火III』と同じ
觉醒中国火2003中国火III』と同じ
转变只是在一瞬间我愛揺滾楽182003/3

参加アルバム 

アーティスト・バンド名曲名アルバム名発表年参加形態備考
DUDE楽隊這不是他媽的KTV2010/2バックボーカル(複数で)全曲参加

主要なライブ・コンサート

のち、ベーシストが岳浩昆となる。そして、[ロ豪]叫倶楽部などでライブを行った。

 彼らが活動する以前にも、何勇等、パンクロッカーと呼ばれた人物はいるが、1998年以降のパンクブームに直接繋がるバンドで、黎明期から活動していたバンドは、地下嬰兒であり、他のパンクロッカーからも一目置かれる存在であった。

 1997年7月11日、向日葵倶楽部でライブを行った。

 1998年発売のオムニバス『中国火Ⅲ』には、「種子」と「覚醒」が収録された。同年末になり、ベーシストが李鵬になる。


1998年9月6日、[ロ豪]叫倶楽部で行われたライブより 左から:高幸(Vo&G)・高陽(Dr)・岳浩昆(B) (撮影:YIREN)

 1999年、魔岩唱片の中国撤退と共に滾石唱片に移籍する。1月になって発売が長引いていた、1stアルバム『覚醒』がようやく発売となる。パンク愛好者、音楽評論家から高い評価を受けたが、間もなくして活動休止に入り、高幸はソロ活動を始めた。

 2000年末になり、メンバーを一新して活動を再開した。メンバーは高幸(Vo&G)・孫大威(G)・大樂(B)・蘇陽(Dr)・梨明(麥田守望者楽隊)(Key)・煬子(Mg)で、ドラムは高陽ではない。音楽スタイルもパンクではなくなった。

 2001年、13曲入りDEMOを製作する。12月20日、CD CAFEでライブを行った。

 2002年1月1日には、蔵酷(THE LOFT)で行われた“≪LISTEN PROJECT≫正式放送開始記念式典”に出演した。この時は、サイケデリックテクノなどを取り入れ、新たな音楽スタイルを形成していた。

2003年頃の写真 (摩登天空より)

 2003年のメンバーは高幸(Vo)・孫大威(G)・梨鵬(Key)。3月、CD付雑誌『我愛揺滾楽18』に「転変只是在一瞬間」が収録された。同年、バンドの記録映像が完成する。  その後、メンバーが変更となる。7月26日、深[土川]の根拠地酒[ロ巴]で行われた“第三届深[土川]揺滾音楽周”に出演した。11月から12月にかけて、自分達の自動車移動による全国ツアーを開始した。11月26日、山東省烟台の山東工商学院大学生芸術中心礼堂でライブを行った。12月4日、南京の莱鳥酒[ロ巴]でライブを行った。12月5日、南京の古堡神曲酒[ロ巴]でライブを行った。12月7日、杭州の風花雪月酒[ロ巴]でライブを行った。12月8日、湘潭でライブを行った。12月10日、南昌の洛克楽隊演練場でライブを行った。12月12日、深[土川]の根拠地酒[ロ巴]でライブを行った。12月13日、珠海のLive Barでライブを行った。12月14日、広州のSOLO[ロ巴]でライブを行った。12月19日、湘潭の新城市快車酒[ロ巴]でライブを行った。12月20日、武漢の7&7酒[ロ巴]でライブを行った。12月24日、重慶の木船LIVEHOUSEでライブを行った。この時のメンバーは、高幸(Vo&G)・崔力(B)・高陽(Dr)。12月25日、成都の小酒館でライブを行った。12月27日、西安の八又二分之一酒[ロ巴]でライブを行う予定であったが、ベーシストが急性腸炎となってしまい、ライブが延期となった。12月31日、天津の越野風暴酒[ロ巴]でライブを行った。


2003年12月25日のライブ (写真:蔡鳴)


 2004年3月27日、龍閣でライブを行った。その後、活動が休止となる。

 2007年後半、活動を再開した。活動再開後の音楽スタイルは結成当初のオールドスクールパンクに戻った。12月25日、星光現場音楽庁で行われた“明日的栄耀 摩登十年星光夜--北京新声10年夜”ライブに参加した。この時のメンバーは、高幸(Vo&G)・孫大威(G)・朱博xuan(刺wei楽隊)(B)・王子(賭鬼楽隊)(Dr)。

 2008年3月7日、星光現場音楽庁で“覚醒2008”ライブを開いた。この時、『“覚醒2008”専場精選』を販売した。5月10日、D-22でライブを行った。5月17日、MAOでライブを行った。6月21日、上海のWINDOWS UNDERGROUNDでライブを行った。8月14日、星光現場音楽庁で行われた“中国現代音楽周”に参加した。10月2日、北京海淀公園海淀展覧館西側万人広場で行われた“摩登天空音楽節”主舞台に参加した。11月8日、天津の紅橋意庫創意園区A庫で行われた“天津第三届原創音楽季 群英会”に参加した。11月27日、愚公移山でライブを行った。

 2009年5月2日、成都市保利198郁金香公園で行われた“2009熱波(成都)国際音楽節”主舞台に参加した。5月12日、星光現場音楽庁で行われた“至少我們在一起.群星記念5.12義演”チャリティライブに参加した。5月28日、西安の紡績城芸術区唐華一印で行われた“楽来楽快楽 -09張冠李戴音楽節”に参加した。


外部リンク