郭大綱
| 基本情報 | |
|---|---|
| 出身地 | 北京市 |
| メンバー |
|
'(、、)は、2000年代後半、北京市で活動していたバンド。
メンバー
過去に在籍したメンバー
サポートメンバー
経歴
郭大剛とも記載される。1970年9月25日、新疆ウイグル自治区烏魯木斉で生まれる。1991年から作曲を独学で勉強する。1992年、バンドを結成し、キーボードを担当した。1994年から、創作活動を始める。 1995年8月、烏魯木斉で舌頭楽隊を結成し、キーボードを担当する。1997年2月25日、舌頭楽隊のメンバーが固定した。9月には、舌頭楽隊とともに北京へ進出した。
舌頭楽隊での奇妙な音楽は、彼の演奏によるところが大きい。
舌頭楽隊での活動の傍ら、1999年にはNO楽隊にも加入し、2000年1月発売の『廟会之旅』製作に参加した。1999年6月、木耳を結成した。
2000年、木耳工作室を設立した。
2002年9月7日、上海の音楽倉で行われた舌頭楽隊のライブより
(撮影:YIREN)
2001年3月、音楽雑誌『通俗歌曲ROCK』で2000年度最優秀キーボーディストに選ばれた。11月発売の左小祖咒の『左小祖咒在地安門』では、キーボードの他にも、レコーディング全般などを行っており、アルバムには欠かせない人物となっている。
また、デジコアにも目覚め、2001年12月、日本と台湾で発売の『電核噪動 Vol.壹』にソロ作品が収録された。
2004年8月8日、寧夏回族自治区銀川市の賀蘭山の麓で行われた“中国揺滾的光輝道路”大型音楽節に、左小祖咒のバンドメンバーとして参加した。
2005年、木耳は沐耳電子楽団と改名した。12月3日、13CLUBでライブを行った。
2006年2月14日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。
2007年3月、孟京輝の話劇「艶遇」の音楽演奏を担当した。
ディスコグラフィー
ソロ発表曲
| 曲名 | アルバム名 | 発表年 | 備考 |
|---|---|---|---|
| No Reason | 電核噪動 Vol.壹 | 2001/12 |
参加アルバム
| アーティスト・バンド名 | 曲名 | アルバム名 | 発表年 | 参加形態 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 舌頭楽隊 | 舌頭楽隊のページへ | ||||
| NO楽隊 | 廟会之旅 | 2000/2 | キーボード・ミキシング(複数で) | 全曲参加 | |
| 馬条 | 梦 | 你找錯了地方 | 2010/12/17 | キーボード | クレジットは郭大鋼 |
| 左小祖咒 | 左小祖咒在地安門 | 2001/11 | 整理、ドラムアレンジ、キーボード、ハーモニカ、レコーディング | 全曲参加 | |
| 左小祖咒 | 廟会之旅 | 2004/6/26 | キーボード | 4曲参加 | |
| 左小祖咒 | 我不能悲傷地座在[イ尓]身旁 | 2005/5/25 | キーボード、ストリングスアレンジ | 7曲参加 | |
| 左小祖咒 | 美国 | 2006/4/1 | 編曲、キーボード、レコーディング(張博と) | 全曲参加 | |
| 左小祖咒 | 愛的労工 | 通俗歌曲VOL.329 | 2006/11 | ドラムプログラミング、キーボード | |
| 左小祖咒 | [[イ尓]知道東方在[口那]一辺(左小祖咒)|イ尓]知道東方在[口那]一辺]] | 2008/3/8 | 編曲(陳偉倫と)、キーボード | 5曲参加 | |
| 左小祖咒 | 媚笑阳台 | 走失的主人 | 2009/2/28 | リミックス | |
| 左小祖咒 | 媚笑阳台 | 走失的主人 REMIX | 2009/12/25 | リミックス | |
| 左小祖咒 | 左小祖咒原声配楽No.1 | 2010/5/25 | 編曲、キーボード、ピアノ | 5曲参加 | |
| 左小祖咒 | 欢迎你到沪沽湖卡拉OK | 左小祖咒去奶子房 | 2012/5/12 | 編曲(左小祖咒と)、レコーディング | |
| 馬条 | 高手 | 2012/1/12 | キーボード | 5曲参加 | |
| 沐耳電子楽団 | 軽松的角色 | 通俗歌曲VOL.315 | 2006/4 | 音楽(複数で)、キーボード | |
| 山鷹組合 | 残缺的歌謡 | 忠貞 | 2004/9 | 編曲 |
出演
| 媒体 | 曲名 | 収録ソフト名 | 発表年 | 参加形態 | 備考 |
|---|
主要なライブ・コンサート
郭大剛とも記載される。1970年9月25日、新疆ウイグル自治区烏魯木斉で生まれる。1991年から作曲を独学で勉強する。1992年、バンドを結成し、キーボードを担当した。1994年から、創作活動を始める。 1995年8月、烏魯木斉で舌頭楽隊を結成し、キーボードを担当する。1997年2月25日、舌頭楽隊のメンバーが固定した。9月には、舌頭楽隊とともに北京へ進出した。
舌頭楽隊での奇妙な音楽は、彼の演奏によるところが大きい。
舌頭楽隊での活動の傍ら、1999年にはNO楽隊にも加入し、2000年1月発売の『廟会之旅』製作に参加した。1999年6月、木耳を結成した。
2000年、木耳工作室を設立した。
2002年9月7日、上海の音楽倉で行われた舌頭楽隊のライブより
(撮影:YIREN)
2001年3月、音楽雑誌『通俗歌曲ROCK』で2000年度最優秀キーボーディストに選ばれた。11月発売の左小祖咒の『左小祖咒在地安門』では、キーボードの他にも、レコーディング全般などを行っており、アルバムには欠かせない人物となっている。
また、デジコアにも目覚め、2001年12月、日本と台湾で発売の『電核噪動 Vol.壹』にソロ作品が収録された。
2004年8月8日、寧夏回族自治区銀川市の賀蘭山の麓で行われた“中国揺滾的光輝道路”大型音楽節に、左小祖咒のバンドメンバーとして参加した。
2005年、木耳は沐耳電子楽団と改名した。12月3日、13CLUBでライブを行った。
2006年2月14日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。
2007年3月、孟京輝の話劇「艶遇」の音楽演奏を担当した。
*2004年12月3日 北京市 愚公移山
外部リンク
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