束楽隊
束楽隊 | |
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基本情報 | |
中国語名(簡体字) | 束 |
中国語名(繁体字) | 束 |
拼音 | Shu |
発音転記 | シュ |
英語名・外国語名 | Pinion Blue |
出身地 | 河北省保定市 |
ジャンル | サイケデリック |
活動期間 | 1999年5月 - |
メンバー |
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束楽隊(シュ、Shu)は、1990年代後半から2000年代にかけて、河北省保定市で活動していたバンド。
メンバー
過去に在籍したメンバー
サポートメンバー
経歴
河北省保定のバンド。1999年5月結成。メンバーは劉濤(Vo)・胡玉(B)などで、音楽スタイルはサイケデリック。いつの頃か分からないが、瘋人院地下音楽連盟に参加していた。2000年には1stDEMO『幻覚与死亡』を製作し、インディーズで販売した。販売本数はVCD200枚、カセットが500本。 2001年には2ndDEMO『暗夜的寛慰』を製作した。販売本数はVCD300枚。その後、胡玉が脱退してしまい、バンドはメンバーを変更して再活動を始める。同年のメンバーは、劉濤(Nail)(Vo&アコースティックG)・辛[金3](Syen)(G)・康克菲(Kang)(B)・尹少博(Bobo)(Dr)・王楠(Key)。11月、インディーズオムニバス『野火春風斗古城壹』に曲が収録された。
2002年5月1日、相約休閑[ロ巴]でライブを行った。6月9日、保定のDISCOで昏熱病楽隊と共にライブを行った。10月、CD付き雑誌『我愛揺滾楽14』に曲が収録された。
2004年、束楽隊での写真
左から:尹少博・辛[金3]・劉濤・康克菲 (黒潭音楽網より)
2004年1月10日、欧伯特酒[ロ巴]でライブを行った。3月、8曲ほどDEMOをレコーディングした。音楽スタイルも、ダークウェーブ、クラシック、ゴシック、インダストリアルなどの要素が入った。4月10日、緑野仙源演芸庁で3rdDEMO発売記念ライブを開いた。4月23日、北京の豪運酒[ロ巴]でライブを行った。4月25日、欧伯特酒[ロ巴]でライブを行った。5月、1stDEMO EP『後揺滾*電影時代』が発売となった。6月26日、緑野仙縁演芸庁でライブを行った。7月20日、石家庄市の七声場酒[ロ巴]でライブを行った。8月、CD付き雑誌『我愛揺滾楽33』に曲が収録された。8月22日、保定市の双盛園歌舞庁でライブを行った。10月24日、河北大学南院食堂楼前で行われた野外ライブに参加し、幸福大街楽隊と共にライブを行った。11月3日、石家庄市の七声場酒[ロ巴]でライブを行った。11月5日、河北農業大学西校区でライブを行った。11月13日、石家庄市の七声場酒[ロ巴]でライブを行った。同年末、7人編成のバンドから、2人編成のユニットへと変化した。変更後のメンバーは、劉濤(Nail)(Vo&G)とSueka(女性)(Cho)で、サポートメンバーとして、辛[金3](Syen)(G)と黄強(MIDI)が参加している。音楽スタイルも、クラシックギターやピアノ、フォークギター、MIDIによる弦楽など、オルタナティブの要素が強まった。これは、劉濤と辛[金3]が北京に移住したことが原因である。12月31日、欧伯特酒[ロ巴]でアンプラグドライブを行った。
2002年5月1日、相約休閑[ロ巴]でのライブ (写真:[山勞]山道士)
2005年1月15日、北京の13CLUBで行われた“口袋音楽創刊一周年記念”ライブに参加した。
その後、ライブは行っていないが、2006年も活動中である。同年のメンバーは、劉濤(Vo)・辛[金3](Syen)(G)・小康(B)・尹少博(Dr)・陳林(第五種快樂楽隊)(サポートKey)。
胡玉は2003年12月になり、Silver Ash楽隊に加入し、ベースを担当した。尹少博は2004年、第五種快樂楽隊に加入した。辛[金3]は2005年9月9日、青少年宮5楼演芸大庁で行われた“保定第一届鼓手節”に参加した。2009年には第五種快樂楽隊に加入している。李濤(G)は淺睡眠楽隊にも参加している。
ディスコグラフィー
スタジオ・アルバム
- 幻覚与死亡(2000年)
- 暗夜的寛慰(2001年)
- 3rdアルバム(タイトル不明(2004年4月)
EP
- 後揺滾*電影時代(2004年5月)
- EP(タイトル不明)(2004年11月)
ソロ発表曲
曲名 | アルバム名 | 発表年 | 備考 |
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参加アルバム
アーティスト・バンド名 | 曲名 | アルバム名 | 発表年 | 参加形態 | 備考 |
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出演
媒体 | 曲名 | 収録ソフト名 | 発表年 | 参加形態 | 備考 |
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主要なライブ・コンサート
河北省保定のバンド。1999年5月結成。メンバーは劉濤(Vo)・胡玉(B)などで、音楽スタイルはサイケデリック。いつの頃か分からないが、瘋人院地下音楽連盟に参加していた。2000年には1stDEMO『幻覚与死亡』を製作し、インディーズで販売した。販売本数はVCD200枚、カセットが500本。 2001年には2ndDEMO『暗夜的寛慰』を製作した。販売本数はVCD300枚。その後、胡玉が脱退してしまい、バンドはメンバーを変更して再活動を始める。同年のメンバーは、劉濤(Nail)(Vo&アコースティックG)・辛[金3](Syen)(G)・康克菲(Kang)(B)・尹少博(Bobo)(Dr)・王楠(Key)。11月、インディーズオムニバス『野火春風斗古城壹』に曲が収録された。
2002年5月1日、相約休閑[ロ巴]でライブを行った。6月9日、保定のDISCOで昏熱病楽隊と共にライブを行った。10月、CD付き雑誌『我愛揺滾楽14』に曲が収録された。
2004年、束楽隊での写真
左から:尹少博・辛[金3]・劉濤・康克菲 (黒潭音楽網より)
2004年1月10日、欧伯特酒[ロ巴]でライブを行った。3月、8曲ほどDEMOをレコーディングした。音楽スタイルも、ダークウェーブ、クラシック、ゴシック、インダストリアルなどの要素が入った。4月10日、緑野仙源演芸庁で3rdDEMO発売記念ライブを開いた。4月23日、北京の豪運酒[ロ巴]でライブを行った。4月25日、欧伯特酒[ロ巴]でライブを行った。5月、1stDEMO EP『後揺滾*電影時代』が発売となった。6月26日、緑野仙縁演芸庁でライブを行った。7月20日、石家庄市の七声場酒[ロ巴]でライブを行った。8月、CD付き雑誌『我愛揺滾楽33』に曲が収録された。8月22日、保定市の双盛園歌舞庁でライブを行った。10月24日、河北大学南院食堂楼前で行われた野外ライブに参加し、幸福大街楽隊と共にライブを行った。11月3日、石家庄市の七声場酒[ロ巴]でライブを行った。11月5日、河北農業大学西校区でライブを行った。11月13日、石家庄市の七声場酒[ロ巴]でライブを行った。同年末、7人編成のバンドから、2人編成のユニットへと変化した。変更後のメンバーは、劉濤(Nail)(Vo&G)とSueka(女性)(Cho)で、サポートメンバーとして、辛[金3](Syen)(G)と黄強(MIDI)が参加している。音楽スタイルも、クラシックギターやピアノ、フォークギター、MIDIによる弦楽など、オルタナティブの要素が強まった。これは、劉濤と辛[金3]が北京に移住したことが原因である。12月31日、欧伯特酒[ロ巴]でアンプラグドライブを行った。
2002年5月1日、相約休閑[ロ巴]でのライブ (写真:[山勞]山道士)
2005年1月15日、北京の13CLUBで行われた“口袋音楽創刊一周年記念”ライブに参加した。
その後、ライブは行っていないが、2006年も活動中である。同年のメンバーは、劉濤(Vo)・辛[金3](Syen)(G)・小康(B)・尹少博(Dr)・陳林(第五種快樂楽隊)(サポートKey)。
胡玉は2003年12月になり、Silver Ash楽隊に加入し、ベースを担当した。尹少博は2004年、第五種快樂楽隊に加入した。辛[金3]は2005年9月9日、青少年宮5楼演芸大庁で行われた“保定第一届鼓手節”に参加した。2009年には第五種快樂楽隊に加入している。李濤(G)は淺睡眠楽隊にも参加している。
外部リンク
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