「頂楼的馬戯団」の版間の差分

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2016年2月20日 (土) 18:22時点における版

頂楼的馬戯団
Dingloudemaxituan 11.jpg
基本情報
中国語名(簡体字) 顶楼的马戏团
中国語名(繁体字) 頂樓的馬戲團
拼音 Dinglou de Maxituan
発音転記 ディンロウ デェ マシィトアヌ
英語名・外国語名 The Top Floor Circus
出身地 上海市
ジャンル オルタナティブパフォーマンスアートパンクポップロック
活動期間 2001年10月 - 2016年2月
メンバー 陸晨



(写真:)
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頂楼的馬戯団(ディンロウ デェ マシィトアヌ、Dinglou de Maxituan)は、2000年代前半から2010年代後半にかけて、上海市で活動していたバンド。上海市で最も愛されたロックバンドである。

メンバー

過去に在籍したメンバー

サポートメンバー

経歴

 上海のバンド。2001年10月、陸晨・梅二の元・SEVEN楽隊のメンバーと、元フォークユニット・一包軟殻牡丹和另外一包軟殻牡丹の毛豆の3人によって結成された。1stEPに記載してあるあだ名だと、侏儒・噴火女郎・大象・空中飛人。音楽というより、パフォーマンスアートで、笛やハンドドラム、バイオリン、クラリネットなど、様々な楽器を駆使する。ボーカルは陸晨がメインだが、メンバーみな交代で務める。楽器もその状況に応じて、自分で使用したい楽器を使用するため、固定していない。12月9日、新天地ARKでライブを行った。  2002年、女性の梁月(クラリネット)が加入する。同年前半、インディーズ1stEP『頂楼的馬戯団』を制作した。3月9日には、挂二音楽工場でライブを行った。5月2日には、北京で行われた迷笛音楽節に出演し、2002年の迷笛音楽節の中で最も良いバンドと評する人がいるほど、大好評を博した。5月5日には、北京の莱茵河声場で戈多楽隊やJunkyard楽隊とともにライブを行った。5月19日には、新天地ARKでライブを行った。8月3日、音楽倉のオープニングライブに出演した。8月24日、南京の紅色気球音楽坊でライブを行った。やがて、梁月が勉強のために上京してしまう。そのため、メンバーは3人になってしまった。



2005年7月2日、哈雷酒[ロ巴]でのライブ 左から:梅二・陸晨・毛豆

(撮影:YIREN)

 9月、CD付き雑誌『通俗歌曲VOL.227』に曲が収録された。11月23日、音楽倉でライブを行ったが、この時は梁鈅も参加していた。12月31日、禾火餐庁でライブを行った。

 2003年、毛豆が脱退してしまうが、6月、顧磊が加入した。毛豆はその後もライブサポートを続けた。6月27日、1088酒[ロ巴]でライブを行った。この時は顧磊が加入してから初のライブであった。8月16日、新天地ARKでライブを行った。9月7日、上海大学新校区J楼礼堂で行われた“浄化之夜音楽会第1回”に参加した。9月27日、頂層画廊でライブを行った。12月6日、比翼(BizArt)芸術中心でライブを行った。彼らのライブのテーマは「還記得九八年的夏天[ロ馬]?」で、アコースティックライブにも関わらず、NIRVANAの「Smells Like Teen Sprit」を陸晨が歌い、そして梅二と毛豆は舞台下で暴れたほか、フォークスタイルの曲を演奏したり、起伏のあるパフォーマンスであった。また、上海の芸術家である徐坦と、広州の芸術家である鄭國谷の父親の鄭道興と共同でライブを行った。鄭道興は手作りの3弦ギターを駆使し、観客を大いに喜ばせた。このような人物と活動を一緒に行うなど、頂樓的馬戯團のユーモアさと、お客のために毎回ライブのテーマを変え、飽きさせない内容にするなど、その才能は上海だけでなく、大陸中のロックファンやパフォーマンスアート好きの人々の間で評判となっている。


2003年12月6日、比翼芸術中心でのライブ 左から:顧磊・陸晨・毛豆・鄭道興・梅二

自由歌手の鄭道興と共に共演
(撮影:YIREN)

 12月20日、杭州の31号酒[ロ巴]でライブを行った。  2004年1月3日3時13分、杭州の31号酒[ロ巴]で行われた“1331滬杭交流会”に参加した。1月17日、挂二音楽工場でライブを行った。この時、陸晨はライブ中に生尻を出し、いろいろな意味で注目を浴びた。また、毛豆は本業の撮影の仕事が忙しく、ライブに参加できなかった。3月、インディーズ2ndEP『最低級的小市民趣味』が発売となった。5月8日、北京のMo Barでライブを行った。6月12日、東大名芸術中心で[口/力]外両位同志楽隊+顔峻と共にライブを行った。この時、梅二はドイツにいたためライブに参加できなかったが、3人のメンバーでSMプレイパフォーマンスを行い、メインの[口/力]外両位同志楽隊を圧倒して頂樓的馬戯團のペースに持ち込んでしまった。

 2004年10月、陸晨・梅二・顧磊の3人は、騾子を一時的に結成した。



2004年6月12日、東大名芸術中心で行われた另外両位同志楽隊+顔峻+頂樓的馬戯團のライブ 顧磊(左)と陸晨(右)のSMプレイ (撮影:YIREN)


 2005年1月18日、蘇河現代芸術館のオープニングセレモニーに参加した。1月29日、蘇河現代芸術館で行われた美好藥店楽隊のライブのゲストを務めた。同月、2004年6月12日のライブが、『IMPROVISATION IN SHANGHAI』として発売された。3月19日、杭州の31号酒[ロ巴]で行われた“春”芸術節に参加した。3月26日、大[才母]指広場で行われた“中国都市民謡節”に左明良が参加したが、そのバックバンドを務めた。7月2日、哈雷酒[ロ巴]で行われた“再見,列寧(GOOD BYE LENIN!)”ライブに参加した。この時はパンクをコンセプトにして、陸晨(Vo)・顧磊(G)・梅二(B)・毛豆(Per&Cho)・郭世良(元・Junkyard楽隊)(G)・鐘科(元・髓楽隊)(Dr)の合計6人編成でライブを行った。ちなみに、陸晨は鉄腕アトム、梅二はSID・VICIOUS(胸にSIDとマジックで書いていた)の格好をしていた。7月9日、哈雷酒[ロ巴]でライブを行った。この時は、美好藥店楽隊のライブのゲストを務めたが、陸晨・梅二・顧磊と郭世良の4人は白いTシャツにトランクスといういでたちであったが、胸の部分2箇所と臀部の2箇所に穴を開け、合計8箇所の臀部の穴には、「阿・拉・頂・頂・朋・克・[口也]・!』との文字を書き、鐘科はブラジャーを付け、7月2日と同じようにパンクをコンセプトにライブを行い、「阿童木之歌」の時は、尻を観客に向けながら歌うなど、黄色い声援と失笑を買っていた。同月、顧磊は頂樓的馬戯團を脱退した。 

2005年7月2日、哈雷酒[ロ巴]でのライブ 左から:梅二・陸晨・顧磊・毛豆

(撮影:YIREN)

 その後、陸晨(Vo)・郭世良(G)・梅二(B)・鐘科(Dr)の4人編成となった。9月25日、288酒[ロ巴]で行われた“声東撃西”ライブにゲスト出演した。10月29日、北京の新豪運酒[ロ巴]でライブを行った。12月3日、杭州の31号酒[ロ巴]でライブを行った。12月24日、東大名創庫でライブを行った。12月、CD付雑誌『通俗歌曲VOL.305』に曲が収録された。12月30日、深[土川]の根拠地酒[ロ巴]でライブを行った。12月31日、広州のBUNKER[ロ巴]でライブを行った。  2006年3月4日、育音堂オープニングライブに出演した。この時、郭世良は用事があったためライブに出演できなかったが、3人+DJ(スクラッチ)で、上海語の曲を中心に演奏した。4月15日、育音堂で行われた“口袋音楽二周年記念”ライブに参加した。4月16日、育音堂で行われたフランスのバンド・VIALKAのライブの前座を務めた。5月13日、広州のBUNKER酒[ロ巴]で行われたオムニバス『C』発表会に参加した。また、オムニバス『C』に曲が収録された。6月2日、288馬爾廷酒[ロ巴]でライブを行った。6月18日、杭州の31号酒[ロ巴]でライブを行った。6月23日、現場酒[ロ巴]でライブを行った。このライブを最後に、郭世良が脱退した。



2010年4月9日、南京の古堡酒[ロ巴]でのライブ 左から:楊[艸/市]・陸晨・梅二・凌佳卿・蘇勇

(撮影:YIREN)

 7月21日、堂会で行われた二手[王攵]瑰楽隊のライブの前座を務めた。この時、鐘科がギターを務め、陳松がサポートドラムを務めた。9月2日、育音堂と下河迷倉で行われた“8小時行動!--台風桑美賑災義演”に参加した。この時、顧磊と毛豆がサポート参加した。9月17日、三甲港海浜楽園で行われた“1234沙灘音楽節”に参加した。10月28日、288馬爾廷酒[ロ巴]でライブを行った。11月25日、4LIVEで美好藥店楽隊と共にライブを行った。12月、アルバム『蒂米重訪零陵路93号』がインディーズで発売となった。

 2007年2月、CD付き雑誌『我愛揺滾楽60』に曲が収録された。4月1日、4LIVEで“頂馬永遠OK”超級馬桶大奨賽(音楽コンテスト)を開き、2007年度猛[女丑]爽爽乳罩(ブラジャー)イメージキャラクターを選ぶなど、アホらしい企画を立てた。4月25日、現場酒[ロ巴]でライブを行った。6月23日、広州の191clubで行われた“第七届華語音楽伝媒大賞”にゲスト出演した。8月18日、4LIVEで行われた“1234音楽節預演活動”ライブに参加し、腦濁楽隊やAK-47楽隊と同じ舞台に立った。この時のメンバーは、陸晨(Key)・鐘科(G)・梅二(B)・凌佳卿(元・14行詩楽隊)(Dr)。このライブから、音楽スタイルがポストロックとなり、それを説明するために「後揺(ポストロックの意味」の看板を舞台に置きながらライブを行った。12月15日、4LIVEでライブを行った。12月31日、外灘阿塔努酒[ロ巴]で行われた“新年倒記時迎新晩会”に参加した。


2007年8月18日、4LIVEでライブ 「後揺」頂馬

(撮影:YIREN)

 2008年5月17日、288馬爾廷酒[ロ巴]でライブを行った。9月25日、育音堂でライブを行った。10月2日、北京の北京海淀公園海淀展覧館1号館で行われた“摩登天空音楽節”ROKR舞台に参加した。この時、蘇勇(冷酷仙境楽隊)(B)がサポートを務めた。  2009年、小開(十四行詩楽隊)(B)が参加した。4月29日、育音堂でライブを行った。8月9日、大寧国際中央広場でライブを行った。この時のメンバーは、陸晨(Vo)・楊芾(リードG)・梅二(リズムG)・蘇勇(B)・凌佳卿(Dr)。10月25日、深[土川]の一渡堂でライブを行った。11月28日、MAO上海店で行われた『揺滾上海2009』発表会に参加した。また、インディーズオムニバス『揺滾上海2009』に曲が収録された。この頃の音楽スタイルはポップスであるが、メンバーが幼い頃から聴いている懐かしの曲のような作りである。ただ、この時に演奏した「上海不歓迎你」が公安の耳に入り、問題のある曲ということで、ネットにアップされている同名曲の削除、「上海不歓迎你」文字入りTシャツの販売禁止となった。そのため、上海でのライブ活動も事実上出来なくなってしまった。



2009年11月28日のライブ (撮影:YIREN)



 2010年3月27日、杭州の旅行者酒[ロ巴]でライブを行った。4月10日、南京の古堡酒[ロ巴]でライブを行った。

 顧磊は2006年9月2日、育音堂と下河迷倉で行われた“8小時行動!--台風桑美賑災義演”に参加した。2007年2月6日、蘇河芸術で行われた“蘇河又開了! - 当代芸術展”に参加した。郭世良は2006年9月、THE FUCK'NDROLLS楽隊に加入した。鐘科は2007年5月、Muscle Snog楽隊に加入し、ドラムを担当した。2009年、The Curry Soap楽隊に加入した。顧磊と鐘科は2008年、智力遅鈍之王楽隊を結成した。凌佳卿は2008年、鐵臂阿童木拿馬桶壓扁taを結成した。


2016年2月、陸晨が脱退したことで、バンドは解散となった。

そして、残りのメンバーは、反狗楽隊を結成した。

ディスコグラフィー

スタジオ・アルバム

コラボレーション・アルバム

ソロ発表曲 

曲名アルバム名発表年備考
(曲名不明)2002 迷笛現代音楽節 Live2002/7▼VCD
九八年的夏天通俗歌曲VOL.2272002/9
向橘红色的天空叫喊我愛揺滾楽152002/12
你上海了我,还一笑而过通俗歌曲VOL.3052005/12
你上海了我,还一笑而过C2006/5
朋克都是娘娘腔我愛揺滾楽602007/2
上海欢迎你揺滾上海20092009/11/28クレジットは頂樓的馬桶團
我想为你唱一首顶楼马戏团的歌2011流感音楽季 流行合輯2011/5/27
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五百万We Are Shanghai VOL.32014/1/10

参加アルバム 

アーティスト・バンド名曲名アルバム名発表年参加形態備考
毛豆+陸晨薄雾河馬在岸辺瘋狂地磨牙2008/1サンプリング曲は「木头和草」
五条人楽隊一些風景2012/5/25男性バックボーカル2曲参加

主要なライブ・コンサート

外部リンク